1 再現性のないことがビジネスでの原則

シンプルにまとめることは、とても大切なことです。シンプルにまとめることが出来たなら、しばしば使えるものになります。ただし気をつけないと、間違いを犯すリスクがある点も忘れることが出来ません。説明できる領域が限定されるということです。

世の中のすべてをひっくるめて、シンプルに説明できることは一番の基礎理論になるでしょう。引力が働いているといった原理はそれに当たります。しかし多くの場合、シンプルにまとめられるものは、すべての領域に妥当しません。経験からもわかるでしょう。

科学の実験のように再現性がないことはビジネスでの原則です。イノベーションを起こしたいからといって、確実にイノベーションが起こせるようにする理論などないでしょう。確率が高くなる方法さえ、どれだけ期待できることなのか、不安になります。

      

2 原則とはある種の仕組み

実務の世界ならば、うまくいく確率が高ければ、それはすぐれた仕組みだと評価されるはずです。その仕組みがシンプルであるならば、シンプルにまとまっていると評価してよいでしょう。実際、成果の上がる仕組みは、たいていシンプルなものです。

「こういうとき、こうすればうまくいく」という形式がシンプルな仕組みにはよく見られます。「こうすれば」の部分がシンプルであるということです。構造がシンプルであるなら、たしかに実践しやすいですから、使える仕組みだということになります。

こうやって使えるものであると、「こうすれば」の部分が、もっと別な場面にも使える場合がでてくるはずです。ある程度広い領域に妥当する仕組みが生まれてくる可能性があります。その組織での原則に当たるものは、こうしたある種の仕組みでしょう。

      

3 すべてを説明しきれないという認識

これは使えるという経験から、その仕組みの適用領域が拡大していって、ある一定以上を超えた場合、体系化がなされたということになります。こうした体系化という言い方は、厳格なものではありません。ひとまずの体系化です。いい加減なものだともいえます。

ところが、こうしたいい加減さが大切です。かなりの場面で妥当するものでも、どこまで妥当するのか明確になっていません。様子を見ながら、微調整が必要です。そうなると、うまく運用するためには、ある種のノウハウが必要になってきます。

言われた通りに杓子定規に当てはめてしまうと、逆に失敗の可能性が高くなるでしょう。ある種の矛盾のようにも見えます。しかし体系化を、ひとまずの体系化だとするならば、体系化をすすめることと、すべてを体系的に説明できないこととは矛盾しません。

もっと俗にいえば、意識してシンプル化する必要があるとともに、シンプル化したものなら、その取り扱いに関するノウハウが必要になるということです。体系化からはみ出るもの、すべてを説明しきれないものがあるという認識はノウハウの前提になっています。

   

    

1 ドラッカーの代表作は何か?

ピーター・ドラッカーの本で一番だと思う1冊を選ぶとしたら、どうなるでしょうか。何となくですが、『現代の経営』が一番落ち着きがいいような気がします。一番売れたのは『経営者の条件』だったと聞いたことがあります。人気で言えばこの本でしょう。

その他に『マネジメント』を代表作だとする人もいるかもしれません。だいたいこの3冊が一般的でしょう。しかし『産業人の未来』によせた1995年の序文でドラッカーは、[識者と友人の多くが、本書を私の最も優れた著作としている]と記しています。

この本の訳者である上田惇生も[ドラッカーの著作の中でも、最も面白く、最も知的興奮を覚えさせられるもの]とドラッカー選書のあとがきに書いていました。いま、1冊だけ読めると言われたら、私も『産業人の未来』を選ぶだろうと思います。

     

2 「失業は経済的な救済では癒されない」

ドラッカー好きだと言われる人でも、あまりこの本を読んだ人はいません。しかしこの本のあちこちに活きた洞察が記されています。たとえば[近代産業における最大のイノベーション]は何でしょうか。人間を機械と見なしたことだったと考えるのです(p.87)。

その後の[大量生産工場における機械化や自動化]によって起こったことは、[かつての肉体労働者がいなくなり、職長が残った]ということになります(p.89)。これが[長期の大量失業]をもたらして[深刻な社会崩壊の兆し]になりました(pp..90-91)。

なぜなら[失業は経済的な救済では癒されない]からです。[初めは腹をたて]、まもなく[途方に暮れ]、ついには[無感覚に陥る]、これが1920年代からの[この20年間における失業問題]における深刻な問題でした(p.91)。現代にもつながる問題です。

     

3 「自由とは楽しいものではない」

ドラッカーは自由について、[自由とは楽しいものではない]と言い、[自由の本質は別のところにある]と記します。[自由とは、責任を伴う選択]ですから[一人ひとりの人間にとって重い負担]になるということです(p.125)。その自覚が必要になります。

なぜなら[自由こそは人間にとってあるべき姿である]からです。そうなると、人間とはどういう存在だと考えるべきでしょうか。[人間は基本的に不完全で儚いもの]と考えるしかありません。人間が完全無欠だとしたならば、自由は否定されることになります。

[完全無欠な者は絶対真理を有する]のですから、少数の人間が完全無欠だとされたなら、[自由は不可能となる]でしょう(p.127)。それゆえドラッカーは、[自由とは、人間自らの弱みに由来する強みである]と言うのです(p.130)。

『産業人の未来』は1942年に出版されています。1995年版のはしがきによれば、[アメリカが参戦する前にほとんど書きあげていた]本でした。上田はあとがきで[産業社会のあるべき姿を論じた]名著としています。読むべき本であることは間違いありません。

      

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1 目標達成について

『やってのける』という本があります。ハルバ―ソンというコロンビア大学の心理学博士の本です。「科学的に実証された無数の方法論」とあったので興味を持って読み始めました。原題は「SUCCEED How We Can Reach Our Goals」という正統派です。

[目標達成には、きわめて重要な概念がいくつか存在します][そのうち二つを紹介します]とのこと。第1に「目標を達成できるかどうかは、生まれつきの資質のみでは説明できない」こと、第2に「目標を達成する能力は、誰でも高められる」ことです(p.16)。

陳腐な話ですが、おそらく正しいでしょう。問題は、どうすればよいかです。[それを実現するためのステップはたったの二つ。まずは、目標達成についての現在の考えをいったん忘れること。もう一つは、そう、この本を読むことです](p.16)。心配になります。

     

2 行動を「なぜ」と「何」で捉える

この本の重要点は「第1章 ゴールをかためる」にありそうです。少なくとも、ここで問題にしたいことは、この章にあります。[目標を明確に設定すれば、望む結果を得やすくなります](p.34)というのはその通りでしょう。そのためのアプローチが示されます。

[普段、あなたが自分の行動をどのように捉えているかを調べ]るテストのQ1は、「ToDoリストをつくることは…」「a:頭のなかを整理すること」「b:すべきことを書きだすこと」です。これによって、何に焦点を当てがちなのかがわかります。

「なぜ」を気にするのか、「何」を気にするのかということです。見出しを見ると、その趣旨がわかります。[「なぜ」を考えるとやる気が出る][「何」を考えると難しい行動ができる]。両者をどうとらえるのか、それが問われます。どうも考えが違うのです。

     

3 業務マニュアル作成のポイント

心理学実験での結果がいくつか示されています。それらの結果を踏まえて、ハルバ―ソンは両者を[この「なぜ」と「何」のトレードオフ]という捉え方をしているのです(p.47)。ここが一番違うところだと思いました。トレードオフという発想はとれません。

少なくとも、仕事の仕組みを作るときに、こうした発想とは別の発想が必要になります。「なぜ」と「何」が重要だという点では異論はありません。仕事の仕組みを作るときに一番基本になることは、「なぜ」を問い、「何」を明確にすることです。

トレードオフではなくて、両方が必要だということになります。個人が意識しないでいると、トレードオフになるのかもしれません。成果を上げるためには、意識して両者を明確化することが必要になります。仕事の仕組みを考える業務マニュアルでは不可欠です。

成果を上げるには、「なぜ」を問い、「何」を明確にすることから始める必要があります。仕組みを作る場合には、よほど意識して詰めていかないと、甘いものになりがちです。業務マニュアルを作るときの、重要なポイントだと言えます。

      

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1 新しい組み合わせを生み出すこと

イノベーションについてのラフスケッチを3回書きました。振り返りをしておきたいと思います。イノベーション理論の一番の基礎になるのは、シュンペーターの『経済発展の理論』第二章「経済発展の根本現象」と言われているのはご存じのとおりです。

この基礎理論は、概説書にシンプルにまとめられています。それで十分でしょう。それよりも、理論を自分たちに引き寄せて、実践的に発展させることの方が大切です。そのヒントが、ドラッカー「未知なるものをいかにして体系化するか」にあると思いました。

イノベーションの一番の基盤となるのは、ヤングの『アイデアのつくり方』にあるアイデアの定義「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ」でしょう。このとき「既存の要素」から、いかにして「新しい組み合わせ」を生み出すかが問題になります。

      

2 世界の秩序を見出す知覚が不可欠

[未知なるものの体系化に基づくイノベーション](p.8:『テクノロジストの条件』)
のアプローチを、プロデュースの10段階(『夢を実現する力』p.21)で再構築すると、[1]目的を明確化し、[2]コンセプトを確立し、[3]ストーリーにする…になります。

秩序は[全体の目的に沿った配置]になるというのがドラッカーの考えでした。体系の構築には目的が必要であり、達成のカギになるのがコンセプトです。コンセプトが[成長、発展、リズム、生成]を内包する(p.8)ため、ストーリーで語られることになります。

では、どこに目をつけたらよいのでしょうか。目的の前提になるのは、顧客の創造です。このとき何によって顧客を創造するのかの絞り込みが必要になります。ドラッカーは、分析に先立って、世界の秩序を見出す知覚が必要だと書いていました。

       

3 行動可能なものを引き出す

「新しい組み合わせ」を見出すには、世界の秩序つまり[全体の目的に沿った配置]を知覚することが必要になります。知覚とは「身体が行動に必要なもの、行動にとって可能なものを世界から引き出してくること」というのがベルグソン=前田秀樹の定義でした。

世界の秩序を見出して、そこから自分の行動可能なものを引き出すということです。この行動可能なものを実現することが目的になります。そして目的を実現するための鍵になる考えがコンセプトということです。ここからストーリーが出来上がってきます。

沖縄返還の際、当時の首相から沖縄の人口を減らさないようにと言われた堺屋太一は、この目的を達成するために、沖縄に産業が必要だと考え、「海洋リゾート沖縄」というコンセプトを生み出しました。ここから観光客を10年で10倍にするという目標が生まれます。

堺屋は、沖縄の潜在的な強みを見出しました。沖縄の人口は増え、目標も達成されたのです。「新しい組み合わせ」を得られるように知覚を働かせ、それを目的・コンセプト・ストーリーの体系に構築すること、これらを実践を通じて検証していきたいと思います。

       

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7 目的・コンセプト・ストーリー

イノベーションとは、いままでにない斬新なものが広く受け入れられることであり、基礎にはアイデアが必要となるものです。アイデアとは「既存の要素の新しい組み合わせ」だと言ってよいでしょう。問題は「新しい組み合わせ」の方にあります。

ドラッカーは「未知なるものをいかにして体系化するか」(『テクノロジストの条件』所収:1957年『変貌する産業社会』)で、[未知なるものの体系化に基づくイノベーション]を提唱していました。キーワードは「コンセプト・秩序・形態・知覚」などです。

目的からコンセプトが生まれ、秩序がつくられます。[ポストモダンにおける秩序とは、全体の目的に沿った配置]です。コンセプトが[成長、発展、リズム、生成]を内包する(p.8:『テクノロジストの条件』)ため、ストーリーで語るのがふさわしいでしょう。

     

8 「分析する前に知覚すること」

以上が、目的・コンセプト・ストーリーの流れに沿ったマネジメントの基本思考です。ドラッカーはここで、「新しい組み合わせ」を得るためには[分析する前に知覚すること]が必要であり、[その知覚がイノベーションの基盤になる](p.16)と考えました。

体系化には「知覚」が鍵になるのです。『テクノロジストの条件』13章「分析から知覚へ」(1989年『新しい現実』)でも、[デカルト以来、重点は分析的論理におかれてきた。これからは、分析的論理と知覚的認識の双方が不可欠となる](p.236)と記しています。

知覚的認識が求められるのは上記のように秩序であり、[秩序は形態](p.16)だと1957年のドラッカーは記しました。1989年にも[今日われわれの直面する現実は、すべて形態である](p.236)と書いています。問題は「知覚」とは何かということになりそうです。

      

9 「知覚」の概念

ドラッカーは「知覚」をどう定義していたのでしょうか。明確な定義を示していないようです。ただ特別な概念として使っているとは思えません。この点、前田秀樹が『絵画の二十世紀』で示した、ベルグソンから抽出した「知覚」の定義が妥当だろうと思います。

[知覚するとは、身体が行動に必要なもの、行動にとって可能なものを世界から引き出してくることである]というものです。[人間が見るコップも、カブトムシの足が知覚するツルツルした隆起も]共通の物質ですが、それを引き出す身体が異なるのです(p.38)。

引き出してきたものは世界の全体ではなくて「部分」にすぎません。つまり[身体の外に在って、身体がそれに働きかけうる範囲や条件を、身体に対して表している](p.38)、それが[自己を行動へと凝縮させ、さまざまに組織づける](p.40)のです。

感覚ならば[身体のなかに在]って[身体のすみずみを揺るがす]でしょう(p.39)。ドラッカーはかつて「傍観者」という言葉を使いました。自己の外の世界から行動すべき範囲や条件を見出すことが「新しい組み合わせ」=「イノベーションの基盤」になるのです。

   

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4 目的論的世界観の構築

『テクノロジストの条件』所収の「未知なるものをいかにして体系化するか」で、ドラッカーが言うのは、もはやモダンの世界観では通用しないということでした。モダンの世界を「デカルト的世界観」「デカルト的な体系」と呼んで、これを否定しています。

モダンの世界は、[全体は部分によって規定される]世界(p.6)であり、「因果律」を核とする体系です。これに代わって[デカルト的ならざるコンセプト]をもった[目的論的世界観]が必要になります。それは[目的律を核とする]体系です(p.7)。

これだけでは、いささかわかりにくいでしょう。しかしマネジメントの基礎となる考え方です。この考えに沿って、[ポストモダンにおける諸体系のコンセプトは、全体を構成する要素(かつての部分)は全体の目的に従って配置される](p.8)と記しています。

     

5 「プロデュースの10段階法」

マネジメントの基礎とは、成果をあげるには、どう発想すべきか、どういうプロセスが必要となるか、ということです。第一に、何のためにそれを行おうとするのかという目的の明確化が求められます。そこから目的達成のコンセプトが生まれることになるのです。

堺屋太一は「近代的プロデュースでは、プロデュースの10段階法というのが確立されています」と記しています(『夢を実現する力』p.21)。これは、①目的の明確化、②コンセプトを創る、③ストーリーテーリングを基本とした体系です。

目的の実現に向けたコンセプトが必要になります。大阪万博のときには、先進国になった日本を世界に示そうという目的が明確でした。これを実現するために、どうしたらよいのか。「近代工業社会日本」の姿を内外に見せようというコンセプトが生まれたのです。

     

6 成長・変化・発展の「ストーリー」

コンセプトに従って、どのように全体の秩序を創っていくのかが問題になります。ドラッカーの言うように、[全体を構成する要素(かつての部分)は全体の目的に従って配置される]必要があります。目的がコンセプトを生み、全体の秩序を創り上げていきます。

ドラッカーは、[ポストモダンの世界観は、プロセスの存在を必須の要件とする。あらゆるコンセプトが成長、発展、リズム、生成を内包する](p.8)と記していました。どんなふうに成長・変化・発展していくのか、そのための「ストーリー」が必要になります。

以上は、マネジメントの基礎・基盤です。ドラッカーも[このポストモダンの世界観が世界の現実となった](p.8)と言います。同時に[その形態、目的、プロセスを目にしながら、これらの言葉の真意をいまだ十分には理解していない](p.9)と記していました。

1957年の時点では、まだ早すぎたようです。成長・発展には時間がかかります。ドラッカーは「体系的イノベーションなるコンセプト」(p.14)と言い、その後、『イノベーションと企業家精神』を書きました。しかし中核は1957年の文章にあったように思います。

⇒(この項続きます)

      

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1 「アイデア+ビジネス」→「イノベーション」

夏から、少しずつイノベーションについて考えてきました。この間、ジェームス・W・ヤングの『アイデアのつくり方』にあるアイデアの定義、「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものもない」を、いつも意識していたといえます。

ヤングはさらに、[既存の要素を新しい一つの組み合わせに導く才能は、事物の関連性をみつけ出す才能に依存するところが大きい](p.28)と言うのです。こうして得たアイデアをビジネスにすることによって、イノベーションになるという風に考えられます。

アイデアが大きなビジネスになって受け入れられると、イノベーションになるということです。アイデアとビジネスの2つの段階が必要になります。個人がイノベーションの過程を、すべて実現させることは困難でしょう。組織が必要になります。

     

2 ドラッカー「未知なるものをいかにして体系化するか」

シュンペーターはイノベーションのことを新結合と呼び、企業家という機能を示し、銀行家の役割を示しました。これがイノベーションの中核的な原理だろうと思います。企業家の定義を明確化し、銀行家を再定義すれば、大きく変更する必要はないと考えました。

こうした発想は、ドラッカーの『イノベーションと企業家精神』でのアプローチとは違ったものといえます。7つの機会を考えることなど、どうでもよいことでした。この本に対しては、冷淡なままです。最初に読んだ時からの印象に変わりがありません。

この本よりも「未知なるものをいかにして体系化するか」(『テクノロジストの条件』所収:1957年『変貌する産業社会』)に、興味があります。ドラッカーは、ここで[未知なるものの体系化に基づくイノベーション](p.16 『テクノ』)を論じているのです。

     

3 「コンセプト・秩序・形態・知覚」

ドラッカーの考えは、論文の題名になっているように、「未知なるもの」を「体系化」するという発想でした。一方、ヤングは「既存の要素」を「新しい組み合わせ」にするという考えです。ヤングもシュンペーターの考え方をとっていると言ってよいでしょう。

しかしドラッカーのこの文章には、大きなヒントがあります。コンセプトを重視し、秩序を前提とし、対象を形態として把握すること、このとき分析でなく知覚が重視されるという主張です。これは「新しい組み合わせ」を考えるときに役立つでしょう。

▼重要なものは、道具でなくコンセプトである。宇宙、構想、知識には秩序が存在するはずであるとする世界観である。しかもその秩序は形態であって、分析の前に知覚することが可能なはずであるとする信条である。その知覚がイノベーションの基礎になるとの考えである。そして最後に、その知識は未知なるものの体系化によって一挙に獲得することができ、そこから新しい知識と道具を手に入れることができるとする確信である。 p.16 『テクノロジストの条件』

「コンセプト・秩序・形態・知覚」といった言葉が、何を意味するのか、詰めてみることが必要です。ドラッカーは用語に定義を与えていません。われわれが考えるべきことです。われわれが明確にしたものが、補助線あるいはヒントになることでしょう。

⇒(この項続きます)

     

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1 目的と手段は対となる概念

目的と手段とは対になる概念だと言ってもよいでしょう。何を目的にして行動するのか、これがまず問われます。その目的を得るために、どのように行動すればよいのかを明らかにしたものが手段です。目的と手段は、原因と結果のように両者が結びついています。

目的は、客観的な存在ではありません。何をすべきか、何がしたいかというのは、当事者の思いです。したがって主観的な概念です。主観的な概念を制約する要件があるとしたら、社会性ということになります。「知りて害をなすな」という制約です。

社会が許容するもの、歓迎するものでなくてはならないという条件のもとに、目的が成立します。自分がしたいことは、社会が許容するものであるのかどうかが審査されるのです。手段も同じように、社会が許容するものであることが条件となっています。

      

2 目的は主観的・目標は客観的

目的は主観的であるのに対して、手段は客観的なものではありません。手段は合理性が必要です。合理的かどうかは、じつのところ主観的なものが具体化してこないと、わかりにくいものでしょう。実現の対象を具体化し客観化することが必要になります。

マネジメントで目標が必要なのは、手段の適切さを評価するためだと言ってもいでしょう。客観的な目標があれば、達成したかどうかが明確ですし、どのくらいの達成度なのかもわかってきます。手段の適切さの前提として、客観基準が必要になるのです。

目標は客観基準ですから、管理することができます。達成の有無と達成の程度を測るためには、測定の尺度がなくてはなりません。測定方法も標準化されている必要があります。これが出来たなら、個々の実行を目標と比較することが可能になるということです。

       

3 2種類の改善と目標

目標を管理することは、実行し、それを測定し、目標と比較することだと言えます。その結果、見えてくるのが実行の適切性です。これにより手段の適切性・合理性が判定できます。結果を客観的基準で見ると、目標とのズレによって判定が可能になるのです。

ズレ方に2種類あるのはご存知の通りです。上振れと下振れといってもよいでしょう。良いほうにブレたときにはポジティブフィードバック、悪いほうにブレたときにはネガティブフィードバックが必要です。ともに、ブレた要因はなんであるかの追求になります。

このうちネガティブフィードアップについては、畑村洋太郎の『失敗学のすすめ』がその解説になっていると言ってよいでしょう。こちらは、どちらかと言えばやりやすいことでもあります。難しいのは、成功したときの要因分析と、その分析を活かすことです。

こうやって目標管理から生まれるのが改善ということになります。改善には2種類あるということです。原因と結果を考えるよりも、客観基準に基づいて判定されるために、成果に直結した手段が生まれます。改善するためにも、客観基準たる目標が必要なのです。

     

    

1 医療の原則である「Evidence-Based Medicine」

ドクターとお話すると、エビデンスという言葉が出てくることがよくあります。現在の医療の原則はエビデンスに基づく医療(Evidence-Based Medicine)ですから、当然かもしれません。しかしEBMが提唱されたのは1990年代のことですから、比較的最近のことです。

英語版のウィキペディアなどのWEB情報によると、カナダの医師であるゴードン・ヘンリー・ガイアット(G.H.Guyatt)教授が1991年にEBMを提唱したとあります。日本では1990年代半ばに導入されたとのこと。実際に、どこまで普及したかは微妙なところです。

しかし少なくとも保険治療が認められた領域では、その治療法や投薬に関して、EBMの考えで判定されているはずです。今の医療の原則であることは間違いありません。エビデンスの概念が徐々に整備されていけば、実際の治療でもより有効なものになるでしょう。

       

2 実践が難しい「Evidence-Based Medicine」

少し前に、たまたま有名大学病院で検査をしていただいたことがあります。その時の担当だった若いドクターは、わかりやすい物語にリライトしたつもりでお話しくださったようです。患者側が何も知らないという前提で、ずっと説明してきたのだと思います。

これは患者側の問題でもあると思いました。たぶん本気で説明しても無理だという考えがあったはずです。それでも感心だと思ったのは、きちんと基本の書かれた資料をくださったことでした。資料の方は、聞くに堪えないめちゃくちゃな説明とは違っていました。

EBMを実践するのがドクター側だけの問題ならば、もっと容易に実践できるのかもしれません。しかし患者への説明が必要ですから、ここが問題です。若いドクターは苦手なようでした。あるいは優秀な若手の臨床医をわずかしか知らないのは偶然でしょうか。

      

3 注目される「Evidence-Based Management」

『事実に基づいた経営』の「日本語版への序文」で著者のフェファーとサットンが[「事実に基づいた経営」(Evidence-Based Management)」を行うことは簡単ではないという例もいくつも見てきた]と記しています。原著は2006年、日本語版は2009年の出版です。

マネジメントでも問題となるのは、エビデンスをどうとらえるかという点だろうと思います。これが明らかになってくれば、導入がかなり進む可能性もあるでしょう。企業の経営層がエビデンスを受け入れて決断し、成果を上げればればいいということになります。

▼インテルのCEO兼会長だったアンディ・グローブが前立腺がんになったとき、彼はあらゆるデータを集めて、様々な治療法のプラス面とマイナス面を比較し、どうすべきかの判断に役立てた。(中略)しかしグローブは、他のシリコンバレーの多くの経営者と同様、ストックオプションに対しては、明確な証拠がないのに、そのプラス面を主張し続けた。 p.16

各患者へその都度の説明が必要になる医療よりも、一定期間での成果が求められる経営への導入の方が有利な面もあります。まだエビデンスの不整備という面もあるはずですが、今後、エビデンスはマネジメントの中核概念として、より重視されることでしょう。

      

    

1 価値判断・価値評価が前提

IT企業の部門長の人から、前回書いた【社会科学の前提とアプローチ】について、意味不明だったと言われました。「社会科学」というのは何のことなの…というような人ですから、それは無理もないでしょう。別の書き方をするからと伝えておきました。

社会「科学」と「科学」を名乗る以上、客観性を重視します。その人ごとの価値評価が入ることは主観的になるため、好ましくないということです。安易に価値評価を入れないことが原則になります。しかし価値評価を入れないで論じることなど、できません。

山之内靖は『マックス・ヴェーバー入門』で[彼が論じたのは、社会科学のいかなる命題も、根本的には何らかの価値判断を前提とせざるを得ないということ、そしてこの点をはっきり自覚している必要があるということでした](p.3)と記していました。

     

2 価値判断・価値評価は定性的に表現される

社会科学でのことだけなら、関係ない話かもしれません。しかしビジネス文書でも同じ原則が適応されます。自分は偏見なしに物を書いたという人がいたら、それは甘いということです。どんな立場に立って論じたのか、自分の価値評価を意識する必要があります。

価値からの自由というのは、自分の立場を意識することが前提です。価値判断・価値評価によって、分析の結論が変わる可能性もあります。価値を明確に表現することが必要です。この場合、定性的な表現になります。定量的な表現にはなりません。

定量的な分析を活かす場面でも、その前提として、どうあるべきかが問われます。政策を考えたり、会社の方針を決める場合に、自分たちのミッションに立ち返ることでしょう。行動の基盤にあたる価値評価の部分は定性的に表現するしかない領域だといえます。

      

3 適切で明確なブレない評価軸を作る

ビジネスの基盤には、目的やミッションが必要です。個々の問題でも、しばしばビジョンが必要になります。これらを明確にし、意識することが必要です。どんな価値判断によって行動するのか、どんな見通しをもって行動するのかが問われます。

状況に応じてビジネス文書でも、自分の考えはこういう価値判断によっています、と書く必要があるということです。立場を明確にするからこそ、客観性が高まります。自分には偏見がないというのは前提での間違いです。取り返しのつかないミスになります。

価値評価を明確にするということは、その評価基準が簡単にはブレないということをも含めた概念です。目的やミッションなどの価値評価が、その都度ブレていては信頼されません。ビジネス文書でも、全体を貫く価値判断に一貫性があることが基本です。

何かを評価するとき、初めに使った評価軸が類似の場面で放棄される例は、めずらしくありません。個別案件で使った評価軸が、別の場面でどこまで使えるのか、よほど意識しないと、適切で明確な評価軸は作れないということです。本気で取り組む必要があります。