■知識化ということ:『失敗学のすすめ』を参考に

1 データ・情報・知識

これからは、知識労働の時代になると言ったのは、ピーター・ドラッカーでした。たしかに現在、知識を扱う業務が中心的になっています。ただ、知識とか知識化といわれても、わかりにくいですね。

前提となる「データ」「情報」「知識」について確認しておきたいと思います。まずデータというのは、定量化された機械的な集計が中心です。人間がカウントすることもありますが、数字に落としこんで定量化することが必要です。

このデータをもとに、グラフ化してトレンドを見たり、裏づけを取ることになります。トレンドをもとに、こういう傾向があると分析したら、それは情報です。さらに、仮説の裏づけを取って、こうしたらこうなりますよ…と言えたら、そのとき知識になります。

たとえば、一週間の曜日・時間ごとの来客数なら「データ」です。「何曜日の何時から何時までが空く」なら「情報」になります。妥当な「情報」となるには、妥当な判断基準が必要です。判断基準が妥当な「情報」なら、使えます。

来客の少ない原因の仮説を立てて、その対策を考えて検証して効果が認められるなら、その対策は「知識」になります。知識になったら、使えるようになります。

 

2 失敗事例2万件をどう利用するか

畑村洋太郎『失敗学のすすめ』に、興味深い話があります。自動車メーカーの方から質問があったそうです。失敗事例を2万件集めて、それを使いやすいようにデータベース化したのに、使われないという話です。

こんなことは、当たり前のようにも思います。今となっては、こんな失敗は過去のことだ、と言えればよいのですが、しかし、どういうわけかこの種の失敗は、現在もかなり多くあります。これこそ、知識化がなされていないということです。

2万件の失敗事例をどう利用したらよいのでしょうか。『失敗学のすすめ』でのアドバイスは、200項目から300項目に系統立てするようにということでした。300という数字は、落語家のもちネタの限度が300くらいだからとありました。

失敗を分析して、どういう風に失敗が発生したのか分析して系統を立て、その対策を考えることによって知識化がなされます。300の類型なら、利用できるはずです。検索をかけてピンポイントでデータないし情報が出てきても使えないということです。

私たちは、システムを使うのに慣れています。処理の早さ、能力の大きさに感嘆します。しかし、使う側が認識していないと効果をあげない事例は多々あります。今後も、人間の認識できる数を基礎にしないと対処できない業務が増えてくるはずです。

人間が認識できる数が200~300だということは覚えておいて損はありません。FAQをいくつ並べるか考えるときにも、この数が基本になります。これを超えたら、どう対処するか、工夫が必要になるということです。

 

3 「知識化」+「構造化」

『失敗学のすすめ』の出版は2000年でした。ずいぶん売れました。しかし、今となっては時代を感じるところもあります。2000年から2001年はIT革命が起きた時代でした。その前と後で、企業経営の傾向まで変わっています。

2000年から2001年にかけて、倒産件数の傾向を見ると顕著です。2001年以降、創業10年以下の企業のほうが30年以上の企業よりも、倒産が少なくなりました。その後、システム導入が当たり前になり、ペーパーレスが進み、画面で処理するようになっています。

これによって明らかな変化が生まれています。画面は縦置きで見ます。目からも離れていますし、実体のない画面を凝視するのはなかなか大変です。紙のように横置きで、きっちり読んだり必要に応じて書き込みができる環境とは、大きく違ってきています。

[縦置きとは、壁にかけるような画面を言います。映画のスクリーンもテレビもパソコンも縦置きです。横置きとは、机の上に本を置きノートを置き、読み書きするときの置き方です。]

縦置きのとき、ぱっと見て内容のわかる工夫が必要になります。それが構造化です。見出しと小見出しをつけて、そこにどんな記述があるのか示す必要があります。内容の案内がないと読みにくいため、結局読まれなくなります。

知識化しなくては、意味がありません。しかし、それだけでは不十分です。知識化したものを構造化して見せなくては、使ってもらえないということです。ずらずら書かれた文章を大量に読んで処理するのは、紙でもつらいでしょう。画面では、なおさらです。

いまでは知識化に加えて、構造化も必須になっているといえそうです。

 

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