■北原保雄『日本語の世界 第6巻 日本語の文法』の読み方

    

1 考えながら書いた文法の本

北原保雄『日本語の世界 第6巻 日本語の文法』を久しぶりに読んでみました。1981年の本ですから、学会の動向も大きく変わっているはずです。もはや最新の学説を知ろうとして読む本ではありません。また北原の見解に賛成のところも、ごくわずかでした。

それでも、この本は読む価値のあるものだと思います。北原がこの文法書を書いた時期は、学説も大きく変わりつつあった時代でした。そういう時期に、自説を確立しようとしてこの本を書いたことが感じられます。北原が考えながら書いているのです。

すでに確立した学説を手際よく紹介する本ではありません。北原の考えかたを見ながら、読者側も考えることが出来る本です。日本語の文法を考えるために、この本は役立ちます。こうした考えるための本が、基本書として使える本であると言えるでしょう。

      

2 シンプルな原理を求める意思

北原ははじめのところで、フランスの小学生が文法分析をしている話を、清水幾太郎『論文の書き方』から引用しています。小学生のときから、文法的に考えているのだということを示しました。日本語でも、それができるようにしたいということでしょう。

シンプルな原理でなくては、小学生が文法的に考えることはできません。シンプルな日本語文法をつくりあげたいという思いが、そこにはあります。当然、簡単なことではありません。その後に展開される北原の文法項目への見解も、シンプルとは言いかねます。

シンプルと言うのは、内容が全体的に簡潔であることを示すだけではありません。全体を統合する原理が簡潔である場合にもシンプルであると評価されるはずです。残念ながら、全体を統合する明確でシンプルな原理は打ち立てられなかったということになります。

      

3 日本語文法を考える叩き台

北原は英語の五文型にも言及していました。日本語でも、そういうシンプルな原理で文章を分析出来たら、小学生でも文法的な分析ができるようになるでしょう。こうした全体的な統合をしようとする意思が、北原の本には十分ではなかったようです。

すぐれた概説書が書ける学者は、圧倒的な実力のある人でしょう。そんな人は、歴史的にもわずかしか存在しそうにありません。そこまでの人が、日本語文法の世界にいたのかどうか、逆に概説書の名著があるかどうかで判断できる気がします。

日本語の文法に関する標準的な本があるという話を聞きません。すぐれた日本語文法の概説書は、たぶんまだないのです。「主題-解説」の構造で日本語を分析することによって、正確な読みができるようになるとか、書くときの指針になるとは思えません。

北原は穏やかな調子で『日本語の文法』をまとめながら、じつのところシンプルな原理の文法が作れたらという野心を持っていたようにも感じます。章立てもそれを感じさせるものでした。日本語の文法を考えるときに、叩き台のようにして読む本だろうと思います。