■日本語の文法分析:強調形の失敗

    

1 ヘンな文を含んだ社説

今週も日経新聞の社説の文章を使って、日本語の文法分析をしてみましょう。2021年12月21日付「個人や企業の資金を市場通じて成長に」のセンテンスを一つずつ確認してみます。ヘンな文が出てきます。以下を読んでみてください。気がつくでしょうか。

▼日銀が20日発表した資金循環統計(速報)によれば、個人が9月末に保有する金融資産は前年同期比6%増の1999兆8000億円となり、2000兆円の大台に迫った。新型コロナウイルス禍で傷んだ経済を立て直すために、個人のお金を成長に有効に回す仕組みを整えたい。
個人金融資産は株価の上昇で株式や投資信託の価値が高まった面もあるが、現金・預金が全体の54%を占めるなど、貯蓄に偏る構図は変わっていない。

最初のセンテンスはどうでしょうか。【日銀が20日発表した資金循環統計(速報)によれば、個人が9月末に保有する金融資産は前年同期比6%増の1999兆8000億円となり、2000兆円の大台に迫った】。このセンテンスは二つに区切られます。

【日銀が20日発表した資金循環統計(速報)によれば】がTPOの条件。【個人が9月末に保有する金融資産は】がセンテンスの主役。【前年同期比6%増の1999兆8000億円となり】で文が区切れますから文末にあたります。そのあとの主役は前半と同一です。

【個人が9月末に保有する金融資産は】がセンテンスの主役。【2000兆円の大台に】は補足、【迫った】が文末になります。【2000兆円の大台に】というのははっきりどことわかる水準がありますから、そこまでもうちょっとということです。問題はないでしょう。

     

2 自分では何もしない前提

続くセンテンスは、あまり好ましくないものです。【新型コロナウイルス禍で傷んだ経済を立て直すために、個人のお金を成長に有効に回す仕組みを整えたい】。センテンスの主役は誰なのでしょうか。他人事のように「整えたいものですね」と言っています。

【新型コロナウイルス禍で傷んだ経済を立て直すために】はTPOの前提条件。以下はこういう目的のためですと提示して、【個人のお金を成長に有効に回す仕組みを】と補足した上で、【整えたい】と言っています。当然のこと、筆者自らが整えるのではありません。

上から目線で、国はきちんとやりなさいよと言いたげにもみえます。無責任に、ひとまず何とかしてよと言っただけなのでしょう。そう受け取られても、文句は言えません。具体的に「個人のお金を成長に有効に回す仕組み」が見えているとは思えないからです。

     

3 強調形の真似事で失敗した事例

【個人金融資産は株価の上昇で株式や投資信託の価値が高まった面もあるが、現金・預金が全体の54%を占めるなど、貯蓄に偏る構図は変わっていない】は「価値が高まった面もある」で区切れます。後半は【構図は】までが主役、【変わっていない】が文末です。

前半の【個人金融資産は株価の上昇で株式や投資信託の価値が高まった面も/ある】は、こんな面がありますね…でしょう。「面」の前が【個人金融資産は株価の上昇で株式や投資信託の価値が高まった】という文構造です。何の【価値が高まった】のでしょうか。

記述に従えば【株式や投資信託の価値】が【高まった】はずです。しかし【個人金融資産】も【価値が高まった面もある】につなげたくなります。本来は「株価の上昇で・株式や投資信託などの個人金融資産の価値が・高まった」はずでした。強調形の間違いです。

強調形にするなら、(1)【株式や投資信託などの個人金融資産の】の「の」を「は」に変え、(2)冒頭に出します。「株式や投資信託などの個人金融資産は・株価の上昇で・価値が・高まった」です。例文は感覚的に書いて、間違いに気づかなかったのでしょう。

      

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