■日本語の文法分析:相手の意図を記述に反映させた表現

     

1 センテンスの主役となる言葉

日経BP総合研究所の活動報告の中に、「ついに大きく変わる日本の医療、デジタル化で巨大市場が生まれる」(2021.11.25:鶴谷 武親)という文章がありました。興味のある内容です。しかしここでは記述の仕方を問題にします。以下のような始まりです。

▼新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大への対応に日本社会は追われ続けてきた。ワクチン接種は進んできたがこれで終息するかどうか定かではない。
だが、確かにコロナ禍は終わっていないものの、医療全体にとってCOVID-19対応だけが課題とは言えない。COVID-19から影響を受けながらも、日本の医療システムは意図の有無を問わず、「デジタル化」と「制度再設計」の2点で変化しつつある。

最初の文を取り出して、センテンスの主役が何か、確認してみましょう。【新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大への対応に日本社会は追われ続けてきた】。【日本社会は】とあります。これが主役でしょう。【日本社会は…追われ続けてきた】です。

次の文は【ワクチン接種は進んできたがこれで終息するかどうか定かではない】となっています。この文を区切るなら【ワクチン接種は・進んできたが/これで・終息するかどうか・定かでは・ない】。こんなところでしょう。主役を見つけるのは案外、面倒です。

     

2 主役の省略と主役の明示の順序

前半は【ワクチン接種は/進んできた】と主役+文末の形式になっています。後半部分の主役がややわかりにくいのです。【これで・終息するかどうか・定かでは・ない】。ここには主役の言葉は記されていません。前文の主役が引き継がれていないようです。

前の文は【新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大への対応に日本社会は追われ続けてきた】でした。センテンスの主役は【日本社会】です。続くセンテンスの文意は「ワクチン接種は進んだが、これで終息するのだろうか…」といったところでしょう。

何が「終息する」のかと言えば、【新型コロナウイルス感染症(COVID-19)】です。「これで新型コロナが終息するのだろうか…」ということになります。正確な言葉で記そうとすると長くなりますから、それならばと主役の言葉を省略してしまったのでしょうか。

しかしその次の文に【コロナ禍】とあります。何となく違和感を抱いたのは、前に置かれた文で主役の言葉を省略して、あとでその主役を記述していたからです。前に記述して、その後で省略するのが普通ですから、何となくあれあれと感じたのでしょう。

       

3 代書の痕跡となった強調

じつのところ2番目のセンテンスよりも、その次の3番目の文が気になりました。【だが、確かにコロナ禍は終わっていないものの、医療全体にとってCOVID-19対応だけが課題とは言えない】。これは文章を書きなれた人のある種のルールなのかもしれません。

ポイントは【だが、確かにコロナ禍は終わっていないものの】です。「だが…ものの」と話が反転していくことを示しています。そこに【確かにコロナ禍は】と強調が加わり、それに続けて【COVID-19対応だけが】と焦点を絞っているのです。主役の強調といえす。

医療のシステムの観点からすれば注目が集まる【COVID-19対応】よりも、【「デジタル化」と「制度再設計」】の変化の方が、今後に影響を与えるということでしょう。それを言おうというニュアンスがあります。その意識した書き方が気になりました。

ご本人の意図を反映しようとして、記者さんが代書した痕跡が残ったということです。やや不自然でした。通常ならば、「ワクチン接種は進んできたが、これでコロナ禍が終息するかどうか定かではない。しかし医療全体にとってCOVID-19対応だけが…」でしょう。

     

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