■よくできたコンパクトな日本史の本:渡部昇一『増補 決定版 日本史』

       

1 300頁足らずの日本史の本

先週ふれた『男の肖像』で、塩野七生は世界に通用する歴史的人物として織田信長と北条時宗をあげていました。この二人のうちでも、とくに時宗をどう記述しているかで、ある程度、日本史の本を判定できるかもしれません。実際のところ、どうでしょうか。

思いのほか日本史のことを知っておきたいと感じているビジネス人が多い様子です。学習参考書を買ってみたけれども、あれはダメだったという人もいました。正確かもしれませんが、無味乾燥です。通読するのはよほどのことがない限り難しいことでしょう。

出来の良いコンパクトな日本史の本を読むほうがよさそうです。渡部昇一『増補 決定版 日本史』は300頁足らずの本ですが、元寇と時宗について、2項目の見出しを立てて、合わせて6頁の記述がなされています。日本史の大きな流れが理解できるはずです。

      

2 歴史のポイントをコンパクトに提示

「日本史上、最大級の危機だった蒙古来襲」(pp..102-105)、「蒙古来襲に毅然と立ち向かった20歳の大将・北条時宗」(pp..106-108)の項目名だけで、元寇が最大級の危機だったこと、時宗という若者が立ち向かったことがわかります。内容を見てみましょう。

(1) 17歳の時宗は、元のフビライの国書に返書を送ろうとした朝廷の意向を拒絶
(2) 1274年、文永の役で、4万の元軍は残虐の限りを尽くし、日本は苦戦
(3) 少弐 景資(ショウニ・カゲスケ)の矢で敵将・劉復享が死亡、元軍は船に引き揚げる
(4) 元軍が引き揚げた夜に大嵐が来て船は沈没、残りの船も撤退:「神風」と呼ばれる
(5) 1281年、弘安の役で、元は南宋の軍を使って十数万の大軍を博多湾に派遣
(6) 幕府は防衛の準備をした上に果敢に攻撃し、元軍を長期間海上に留め置かせる
(7) やがて大暴風雨がきて海上の元軍は全滅、帰国は2割以下:再びの「神風」

以上が「日本史上、最大級の危機だった蒙古来襲」でのポイントです。3頁でこれだけのことが語られています。厚い本では、こうしたことが見えてきません。ただし参考書で確認すると、(1)は時宗18歳の時のこと。すでに前年、幕府の方針は決まっていたのです。

     

3 基本書を読み、参考書で補完する方法

受験参考書は通説に沿って正確な記述がなされています。広く使われている山川出版の『詳説 日本史研究』と安藤達朗『日本史 古代・中世・近世』の場合、共に3頁程度の記述です。(3)の「少弐 景資」の矢の話は、両書に記述されていません。伝承のようです。

『増補 決定版 日本史』には正確さで微妙なところもあるかもしれません。しかし、これを基本にして日本史全体を読んだ上で、必要に応じて参考書で確認したほうが理解が進みます。「蒙古来襲に毅然と立ち向かった20歳の大将・北条時宗」も見ておきましょう。

(8) 蒙古来襲に際し、朝廷は諸社寺に祈祷を命じ、亀山上皇も伊勢神宮に参拝
(9) 祈祷により神風が吹いたと朝廷は思い込み、戦った武士、時宗の功績を低く評価
(10)時宗について、日露戦争の頃、明治天皇によって再評価がなされた
(11)時宗は宋の禅宗の高僧から教えを受け、高僧・無学祖元(ムガクソゲン)からも絶賛された
(12)時宗は武士たちを奮い立たせる何かを持っていた稀有な大将だった
(13)幕府は蒙古との戦いで国土を防衛したが、何も得たものはなかった
(14)武功への恩賞がなく、出兵しない者が得する矛盾が生じ、幕府の権威が失われた
(15)北条家は倹約により蒙古来襲に対応できたが、富が尽きて幕府の経済基盤が揺らいだ

コンパクトで、よくできた本はどんな分野でも、ごく少数しか存在しないように思います。そういう本を見つけることは大切なことです。日本史の分野でお薦めできるのは、現時点では、この本です。他にもよい本があるかもしれません。もう少し探してみます。

      

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