■『日本語の世界 第6巻 日本語の文法』を読む 第3回

      

1 文節概念の問題点

北原保雄『日本語の文法』の章立ては、3章以下、「文の構造(1)」「補充成分と修飾成分」「文の構造(2)」「日本語の主語」「主題をめぐる問題」「うなぎ文の構造」「客体的表現と主体的表現」という構成です。日本語の文構造を中核にしています。

第三章「文の構造(1)-単文の場合-」の最初の見出しは「文は文の成分から構成される」(p.68)です。文法的分析をする場合の基礎といえるでしょう。北原は、文の成分を「文節」とする橋本進吉の見解を紹介し、続いて文節の問題点をあげて解説します。

さらに別の問題があるのです。[文の構造はいわゆる述語の部分の構造に深くかかわる。したがって、文の構造を明らかにするためには、述語の構造を明らかにしなければならない](p.100)と北原は言います。述語の構造がどうなるのかが問題です。

     

2 述語概念の問題点

ところが北原は述語概念の問題点をあげます。[述語という文法用語を「いわゆる」というような語を冠したりして曖昧な意味で用いてきた]といい、北原の考える述語の概念が[従来の概念規定とはよほど違ったものになってしまう]と記しています(p.103)。

ここでは北原の見解を深追いしません。この本では[従来用いられてきたように][便宜的に用いることにしたい](p.103)と記しているためです。ただし述語という用語が適切な文法用語ではないという北原の指摘は、妥当なものだと思います。

第三章での北原の説明は、(1)日本語の文構造を考える場合に、述語の構造を明らかにしなくてはならない、しかし、(2)従来からの述語の概念には疑念がある、というものでした。北原が指摘した構図は、どうやら現在でも変わっていないようです。

      

3 優れた日本語を基礎とするアプローチが必要

文節について、第三章の最後に、北原の見解が明確に示されています。[文節、とくに述語文節などは、音韻論上の単位(音韻論的結合体)であって、文法論上の単位にはなりえないものなのである](p.121)とのことです。もはやこれが通説といえるでしょう。

第三章で北原は、日本語の文構造を明確にしようと試みながら、従来の見解の問題点を指摘するだけで終わってしまったということになります。文節の概念は使えない、いわゆる述語の構造は大切である、しかし述語概念がおかしい…と説明するのでした。

司馬遼太郎は「文章日本語」の成熟は1980年を過ぎてからという見解を講演で語っています。1981年に出た北原の本の構想は、それに先立つものですから、いまから読めば古くなっても当然です。当時、従来の見解の問題点を明示することには意味がありました。

私たちが参考にすべきことは、北原が第一章で、規範文法を批判的に扱っていたことかもしれません。優れた日本語の文表現をもとに、文法構造を見ていくというアプローチが必要でした。その観点がなくては、日本語の文構造は見えてこないように思います。