■現代の文章:日本語文法講義 第23回概要 「主題と主語:ハとガの関係」その1

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1 「主語-述語」と「主題-解説」の併用

前回、助詞の「は・が」と「既知・未知」の関係について記しました。既知ならば「は」が接続し、未知ならば「が」が接続するというものでした。きわめてシンプルな考えです。それが当てはまりそうな事例もありましたが、もはや支持されていません。

では、主題を表す場合に「は」、主語の場合に「が」が接続するという見解も、よほど気をつけてみていかないとリスクがあります。河野六郎は[ハとガの違いは][主題と主語の違い]であり[助詞ガによって主語を示す]と記していました(『日本列島の言語』)。

河野の場合、[主題の提示は、主語-述語の論理的関係とは別の関係である]と記していますから、主語-述語の論理的関係で分析することを否定していません。これとは別に、「主語-述語」を廃止し、「主題」だけで考えるべきだという見解が出てきました。

しかし河野は、主語を記さない形式で文が成立する言語を「単肢言語」と命名し、主語の明記が必要かどうかで、言語を区分しています。日本語文法でも、主語の概念を使うということが前提でした。日本語は主語の明記が必要でない単肢言語ということです。

      

2 述語動詞に限られない文末の要

問題となるのは「主語」「述語」「主題」などの概念が明確であるかどうかです。例えば河野は述語動詞の特徴として、(1)「文の要」であり、(2)文の最後、文末に置かれ、(3) 終止形が使われるという3点をあげています。具体的な事例で見てみましょう。

たとえば「放課後、私は本を図書館に返却しました」という例文の構造は、「放課後…返却しました」「私は…返却しました」「本を…返却しました」「図書館に…返却しました」でしょう。文末「返却しました」が前に置かれたキーワードを束ねています。

述語動詞が文の要になっている形式です。しかし述語動詞に限られません。「今日の演奏会で、私は彼女の演奏が一番好きでした」という例文の場合、「好き」は体言でしょう。体言の場合、体言化する「の・こと」は接続できません。学校文法なら形容動詞です。

      

3 主語と「が」の関係の不明確さ

「今日の演奏会で、私は彼女の演奏が一番好きでした」という例文の場合、別の問題が出てきます。主題が「は」、主語が「が」接続だとすると、おかしなことになります。「私は」と「彼女の演奏が」を省略したらどうなるでしょうか。以下のようになります。

(a)「今日の演奏会で、彼女の演奏が一番好きでした」○
(b)「今日の演奏会で、私は一番好きでした」△

もし主体がわかる場合、明記されなくても問題なく成立するのは(a)です。「一番好きでした」の主体となるのは「私は」と考えるのが素直な見方でしょう。そうなると主語に「が」が接続するという見解はどうなるのか、主語の概念がよくわからなくなります。

しかし河野の場合、[日本語という言語は、論理的構成よりも心理的叙述に適した言語である]と記していました。主語よりも主題のほうが、日本語の場合、使えると見ているようです。主語の概念はよくわかりませんでしたが、主題のほうを見ていきましょう。

*この項、続きます。