■現代の文章:日本語文法講義 第23回概要 「主題と主語:ハとガの関係」その2

      

4 主題に関する河野の原則

河野六郎の主題に関係する原則を整理しておきます(p.106 『日本列島の言語』)。

[1] 【主題(thema)】とその【説明(rhema)】による心理的な表現秩序
[2] 【主語-述語】の論理的関係とは別の関係
[3] 【主題(thema)-説明(rhema)】は言葉の自然な発露に従った文の構成
[4] 何かを言う際、まず念頭に浮かんだ観念を言葉にしたものが【主題(thema)】
[5] 主題について論理的関係の如何を問わずに述べたものが【説明(rhema)】
[6] 助詞ハによって【主題】が提示される
[7] 助詞ガによって【主語】が提示される
[8] 日本語の場合、論理的構成よりも、心理的叙述に適した言語である

まず主題の概念が問題になります。そのことは同時に、[6]の問題にもなるでしょう。助詞ハがつけば、主題だと認識されるのかどうかが問題です。河野は、「コノ本ハモウ読ンダ」という例文をあげていました。この例文を見ていきましょう。

「この本はもう読んだ」の場合、主題は「この本は」です。【この本は】【もう読んだ】となります。「この本に関して言えば」、「もう読んだ」よ…ということです。この例文に、「私は」が加わった場合はどうでしょうか。私に関して言えばということです。

「私はこの本をもう読んだ」の主題は原則の[6]から「私は」となります。【私は】【この本をもう読んだ】です。「私に関して言えば」、「この本をもう読んだ」よ…となります。ここまで見る限り、主題と助詞ハの関係は齟齬もなく対応しているようです。

     

5 成立しない「主題はハ」「主語はガ」

問題なのは、「この本ですが、私はもう読みました」の場合です。原則[6]からすると、主題は「私は」でしょう。(この本ですが)【私は】【もう読みました】となり、「(この本ですが)」「私に関して言えば」「もう読みました」よ…となるようです。

しかし例文の冒頭「この本ですが」が宙ぶらりんに感じます。自然な感覚だと、主題は「この本ですが」になるでしょう。原則の[4]でいう[何かを言う際、まず念頭に浮かんだ観念を言葉にしたもの]にも該当しています。使う側の視点との違いがあるのです。

「この本ですが、もう読みました」になったら、主題のない文章になるのでしょうか。ここでも主題は「この本」だと感じるはずです。原則[4]からしてもそうなります。これを見ても分かる通り、主題の原則[6]が、原則[4]と対立することがあるということです。

ルールを使う側の視点に立つと、[4]の原則が優先されます。そうなると[6]はルールとして成立しません。すでにガが主語と言いにくい点も見てきました。河野の言う[ハとガの違いは][主題と主語の違い]という見解は成立しないということになります。

     

6 「貴方は適任」と「貴方が適任」の違い

「貴方は適任」と「貴方が適任」の違いを説明せよという宿題が残っていました。助詞「は」の機能は【特定し、限定すること】です。ある特定の対象についてのみ語ることになります。そこから絶対的な評価、客観性のニュアンスが出てくることになるのです。

助詞「が」の場合、【選択肢のある中から選び出して、決定すること】が主要な機能になります。選択肢から選ぶので、相対的な評価です。選択する過程で、当事者の評価が入りますから、主観的なニュアンスをもちます。これらを例文にあてはめてみましょう。

「貴方は適任」ならば、「他の人は知りませんけどね、貴方は適任ですよ」という評価をしていることになります。「貴方が適任」ならば、「いろいろな方がいらっしゃいますけどね、貴方が適任ですよ、私はそう思います」と推奨しているということです。

     

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