■エマニュエル・トッドの見方を補助線にして:『問題は英国ではない、EUなのだ』

     

1 グローバリゼーションへの対処

エマニュエル・トッドは、いくつもの魅力的な分析を示してきました。そういう人ですから、たくさんの本が日本でも出版されています。『問題は英国ではない、EUなのだ』では、イギリスのEU離脱について満足している、[喜んでいます]と語っていました。

自分は[アナール学派に連なる一人の歴史家]であり、[政治家たちのてんやわんやに特徴的な短期勝負のものの見方から距離をとろうと努めています](p.21)。イギリスのEU離脱を良しとするのは、[ネイションとしてのイギリスの再浮上](p.24)だからです。

どういうことでしょうか。[グローバリゼーションによるストレスと苦しみの結果][それぞれの伝統の内に][グローバリゼーションに対処して自らを再建する力を見出しつつあります](p.22)とのこと。ドイツ、ロシアに続いてのことだという見方をします。

[グローバル化を主導した][英米がナショナルな理想の方へ大きく揺れ戻る]という現象は、[一七世紀以来、世界の経済紙、政治史を推進してきたのはアングロ・アメリカンの世界、つまり英米です]から重要だといえます(pp..24-25)。以上、2016年の話です。

       

2 ドイツを過大評価

トッドは先のインタビューで[ドイツの擡頭、ロシアの安定化にもまして重要です](p.25)と語っていました。ドイツの[ネイションへの回帰は、1990年の東西再統一の際、ドイツの課題となりました]、[一種の時間的先行]がドイツを有利に導きました(p.23)。

ドイツは[ヨーロッパ大陸で圧倒的な優位を手に入れることになった]のです。これに続いてロシアが[多くの混乱を経て自らを回復しました](p.23)とのこと。グローバル化を推進したイギリスがこれに続いた点が重要なのでしょう。しかし現実は違ってきました。

ドイツを過大評価したようです。EUを上手くつかって自国を有利に導く政策は無理がありましたから、長期で継続などできません。その際、ロシアとの接近という手段をとりました。ロシアは[多くの混乱を経て自らを回復]したとトッドは言うのです(p.23)。

    

3 民主主義・自由主義・国際協調路線への回帰

ロシアは2000年以降、15年を経て[経済的に、技術的に、軍事的にアメリカを恐れる必要から解放され](p.24)、[ロシア復活](p.169)[ロシアは安定の極](p.172)になったとのこと。ウクライナ危機があろうと[ロシア脅威論は幻想](p.173)だと主張しました。

ロシアのウクライナへの侵略後、トッドはアメリカ側に責任があるという見方を示しています。これはそれまでの主張とは違ったものになりました。逆に[アメリカを恐れる必要から解放され]たと思ったロシアが一気にウクライナを侵略したと考えられます。

もう一度、自由主義諸国が団結をしはじめました。ネイションへの回帰ではなく、民主主義・自由主義・国際協調の路線に回帰することになったと言うべきでしょう。トッドの分析は補助線として利用できるのです。しかしここ数年、ズレは拡大しています。

     

      

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