■現代の文章:日本語文法講義 概要 第14回「谷崎の二段階の方法」

      

1 正確で伝わる表現としての「意訳」

日本語の散文を論理的にしようというとき、いわゆる下敷きになったのは欧州の言語でした。日本語よりも少なくとも論理的だと思われる英語などから論理的な思考、論理的な記述を学ぼうとしたのです。どうやってと言えば、翻訳を通じてということになります。

翻訳が繰り返されるうちに、直訳では満足できなくなります。ロナルド・ノックスは『翻訳者の試練』で翻訳の条件として、①正確であること、②理解できること、③読みやすいことの3つをあげていたそうです。別宮貞徳の『翻訳読本』に引用されていました。

別宮は①②は最低の条件であり、③が一番大切だと考えています。正確に意味をとったうえで、伝わる表現にすることが必要であり、それが「意訳」だと記しています。このとき、谷崎潤一郎の『文章読本』の名文を書く方法を引いて、これが必要だというのです。

谷崎の方法は、第一段階で[作家がいわんとしていることを正確に読みと]り、第二段階で、それを「国文の持つ簡素な形式に還元する」ことでした。翻訳をする場合に、まず正確に意味を取り、それをわかりやすい表現にすることが必要だということになります。

       

2 日本語を英語の形式に合わせる翻訳の方法

別宮の場合、英語を日本語に翻訳するケースについて書いていました。しかし、安西徹雄は、谷崎の[この方法論を逆に応用すれば、これは実はそのまま、日本文を英訳する際の基本的な方法論になるのではあるまいか](p.12)と『日本文の翻訳』で書いています。

つまり、第一段階で[英語の発想や表現からすれば必要な要素を周到に付け加え][「明示的」、「論理的」な形に直して]置きます。第二段階で、[はじめて英語に置き換える作業に取りかかればよい]のです(p.12)。谷崎の方法は翻訳の方法といえるでしょう。

日本語を英語の形式に合わせようとすると、日本語の不足するものが見えてきます。安西は[いくつかの大事な項目]として、(1)主語の設定、(2)動作主を主語に立てる、(3)時制の扱い、(4)話法の問題、(5)代名詞の選択、(6)センテンスの切り方、をあげます。

この中で特に大切なのは、英語が主語を明示し、その主語がしばしば動作主になること、さらにその動作主が無生物になることが多いという点です。こうした違いの原因として、安西は日本語が動詞構文的なのに対し、英語が名詞構文的であることをあげています。

      

3 日本語にも規則をという段階

安西の『日本文の翻訳』は1983年の本でした。当時と今では無生物主語について、あるいは動詞構文と名詞構文について、受け取り方が違ってきているようです。安西が翻訳調だという表現が、もはや現代では不自然に感じられないという状況になってきました。

[「古い家並みが壊されて高速道路が作られた」とかいう表現も不可能ではないけれども、やはりどこか堅苦しく、いわゆる「翻訳調」という感じがする](p.98)と安西は書いています。しかしこの文が不自然だとは思いません。感じ方が変わったようです。

あるいは「この問題の解決が容易になる」という名詞構文的な言い方であっても、不自然に感じません。名詞構文・動詞構文で考えることを重要視する必要はなくなったようです。現代の日本語からルールを抽出する段階に到達したと考えてよいのでしょう。

▼英語を豊かにするために、どんどん古典語などからの借入語を入れようと努力し、それに成功した段階が終わって、「英語にも規則を」つまり「英語にも文法を」という国語意識が強くなった段階に入ったということである。 p.156 『英文法を知ってますか』

現代の日本語の文章でも同様です。谷崎の示した方法は[一時の便法として已むを得ない]ものでした。翻訳の表現も必要に応じて日本語に取り入れられ、自然な表現と受け取られています。日本語を書くときに、谷崎の二段階の方法は必要なくなったのです。

     

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