■IT化による利益は何か?:ノーベル賞級の心理学者の問い

      

1 ITシステムが人間を支援してくれるのか?

業務システムを導入するときに、業務の見直しが必要不可欠なのは、当然のことではありますが、なかなか実践されていません。そのうち、そのことを忘れてしまっ他のではないかと思われるケースもみられます。そもそもなぜシステムを導入するのでしょうか。

システム化、IT化によって得られるものは、案外忘れてしまうものです。あるいは要求しすぎではないかと思うのでしょう。じっと落ち着いて、何を求めているのか考えてみる必要があります。このとき、ゲイリー・クラインの主張は、参考になるはずです。

『「洞察力」があらゆる問題を解決する』というクラインの本は、思いのほか知られていません。決していい加減な本ではないのです。あとがきを見ると、ノーベル心理学賞というのがあったら受賞確実だとありますから、レベルの低い学者ではないでしょう。

この本でクラインは「ITシステムが人間を支援してくれるのか検証する」という項目を立てています。各項目ごとに明確な断定がなされているのです。評価の指標は4項目からなっています。妥当かどうかは、ガイドラインの項目自体を見ればわかるでしょう。

     

2 「時間的制約+不確実+危険」の場合の行動

クラインは訳者の解説によると、[火災現場のように、時間的制約があり、不確実性と危険度が高く、しかも目的が明確化されていない状況下で、消防士がどのように意思決定しているのかを調査した]とのことです。なかなか興味深い調査ではあります。

結論は[熟練者になると、直感を働かせることで瞬時に適切な行動をとることが出来る]というものでした。これがこの人の理論基礎の形成になったようです。棋士が次の手を打つときに直感を働かせて、そのあとで読みながら検証しているという話に通じます。

こういう発想の人ですから、ITシステムについてのガイドラインが一般に言うITの話とは違ってくるのは当然かもしれません。本の原題は「Seeing What Others Don’t」です。知的活動をいかに増進させるかということのヒントになっています。

[1]ITシステムは、作業の効率をより一層向上させてくれるはずである
[2]ITシステムは、重要な手がかりを明確に表示してくれるはずである
[3]ITシステムは、無関係なデータをフィルターにかけて処理するはずである
[4]ITシステムは、人が目的に向かって進行していることを管理してくれるはずである

     

3 ITに期待する範疇がどこまでか?

4つのガイドラインのうち、一般的に求められるのは、[1]だけでしょう。それ以外をITシステムに要求するのは過大であると感じるはずです。ところがITのことを知らない創業者レベルの人たちの場合、クラインに近い発想で考えていることが多いのです。

業務を工夫し、ITを上手に利用したならば、クラインのガイドラインに適うものになるのかもしれません。業務の構築を考える人間にとって、このガイドラインは役に立ちます。業務の生産性に限らず、個人の知的活動について考えるときにも参考になります。

しかし実際のシステム導入やIT化について議論する場合には、乖離が大きすぎるのです。ある種の盲点でしょう。システム関係の人なら最初から相手にしない話がこの本で語られています。業務の構築について考える人ならば、考慮すべきことでしょう。
【この項、続きます】

    

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