■日本的資本主義の精神のヒント:歴史からのアプローチ『徳川が作った先進国日本』
1 日本的資本主義の精神
マックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムと資本主義の精神』という本は、社会科学の名著と言われています。こうしたプロテスタンティズムに当たるものが、日本にはあるのでしょうか。日本的資本主義の精神とはどんなものなのか、気になるところです。
こういうとき、日本にもプロテスタンティズムに相当するものがあるという前提に立って探そうとするのは、リスクがあるでしょう。こういう先に方法があるのは、強引な結論を引きだそすことにつながりがちです。そうではなくて、流れを見るべきでしょう。
歴史から見ていけばよいということになります。明治維新以降にいきなり資本主義の精神が宿りだしたということではないでしょう。それよりも前からのことに違いありません。江戸時代の歴史を見ていけば、ある程度、ヒントが得られるのではないかと思います。
2 江戸時代に平和な日本の素地が形成
江戸時代全体を簡潔に記した本で、国のありかたを意識した本を参照してみましょう。磯田道史『徳川が作った先進国日本』という本があります。NHKで放送された番組の内容を本にしたものです。磯田は、「はじめに」に以下のように記しています。
▼江戸時代に百六十年は、この国の素地をかたちづくった時代です。歴史家として確言しますが、落とした財布が世界で一番戻ってくる日本、自動販売機が盗まれない日本、リテラシーの高い日本人、これらは明らかに「徳川の平和」の中で出来上がったものです。
磯田はこの本で、4つのポイントをあげています。その中でも、[島原の乱から綱吉にかけての時代こそ、日本史の中の大きな転換点で]あり、[江戸時代初期に実現したこの変化は、明治維新よりも大きかったと私は考えています](p.145)とのことです。
3 転換点は綱吉の時代
磯田は[綱吉の根本意図は、人びとに「慈悲」や「仁」の心をもたせること]であったと言い、[学問では歴代将軍中屈指の頭脳と教養]のある[綱吉だからこそ、こうした政治思想や価値の大転換が可能だったのかもしれません](p.144)と言うのです。
[人が殺されれば捜査が始ま]るという当たり前のことが確立されました。「未開から文明への転換」と言ってもよいでしょう。これには綱吉治世の約50年前の、[古今未曽有の大規模一揆](p.132)であった1637年の「島原の乱」の教訓も働いているようです。
つまり[領民を殺戮しすぎると領地から年貢を納めてくれる農民がいなくなり、その地を治める武士たちが食えなくなるという、実にシンプルな理屈です](p.136)。その後の自然災害、1707年「宝永の地震・津波」と1783~87年「天明の飢饉」もポイントでしょう。
大きな転換点は「島原の乱から綱吉の時代」でした。しかしその後、様々な混乱を試行錯誤しながら収束させていく過程で、平和の体制を整備してきたというべきでしょう。明治維新を経て、現在に至るまで、ゆっくり資本主義の精神を養ってきたように感じます。