■日本語文法書の忘れ物

     

1 日本語の基礎要素

定番の日本語文法のテキストというのは、まだはっきりしたものはないようです。定番ではなくても、ひろく読まれている本として『基礎日本語文法』があります。参考になるところが多々ある本です。この本を見てみると、日本語文法の忘れ物も分かってきます。

「序論:文の組み立て」の「2節 文について:文の基本構造」を見てみましょう。ここには日本語の文の基本要素が列記されています。主語・述語、あるいは目的語などの用語がありますが、この基礎の部分をどう考えるかが大切です。

▼文の組み立ては、複雑かつ多様なものであるが、その骨格をなすものは、「述語」、「補足語」、「修飾語」、「主題」という4つの要素である。 p.2『基礎日本語文法-改訂版-』

     

2 主語概念を抹消した通説

日本語文法について、通説的な見解によれば、もはや「主語」という概念が使われなくなっています。「主語-述語」の関係は、日本語の基本構造とみなされなくなったということです。主語は「補足語」に含まれています。特別扱いでなくなったのです。

かわりに「主題」という概念が登場してきました。主題に対する解説がなされているということのようです。ただ、解説部分=「述語」とはなっていません。「述語」の概念が明確になっているかと言えば、一般人の基準で考えるなら、あやしいままです。

まだ日本語の文法は確立していないと感じさせる点があります。主要要素だけで、日本語のセンテンスが分析できなくては不十分だということです。『基礎日本語文法』は最初の版が1989年に出されていて、1992年の改訂版でも基本要素は踏襲されています。

      

3 文の基礎要素の不備

1981年に出版された北原保雄『日本語の世界6 日本語の文法』に示された宿題を、『基礎日本語文法』が解決しているのか確認してみましょう。北原は、「花子が、本を読みながら、おやつを食べている」という例文を出していました。

▼この例の場合、「ながら」が下接添加しているのは、「本を読む」にであって、「花子が」は「~ながら」のなかには含められないと解釈される。つまり、本を読んでいるのは確かに花子であるが、構文上は、「花子が」は「おやつを食べている」と関係していると解釈される。 p.97『日本語の世界6 日本語の文法』

北原は[「花子が」が「本を」と同等同列に「読む」と関係するものではなく、関係する次元を異にするものである]と記しています。こういう構文を分析することができていません。『基礎日本語文法』の基本要素からも、「ながら」の分析ができないのです。

こうした基礎要素によって、ありふれた構文が分析できるようにならなくては困ります。こんなことは簡単なことだと思っていましたが、日本語文法の本を読んでみても、うまく説明できていません。まだまだ日本語文法学界には忘れ物があるようです。

      

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