■個性的な実力者をマネジメントする:堺屋太一『経営創革』
1 自由競争とローコスト
堺屋太一が亡くなってから、ときどき思い出したように著書を振り返っています。以前、『大激震』に触れたことがありました。講演録を書き直したものなので、ご本人の主張が簡潔に述べられていて、わかりやすく理解できます。この本は2008年の出版でした。
これより10年以上前の1995年、『経営創革』は出版されました。バブル経済の雰囲気が残っていた時期で、アジア通貨危機が起きた1997年より前に、厳しい内容の本を書いています。「創革」という言葉は妙な漢語ですが、内容は今読んでも古びていません。
「自由競争とローコストに向けて」という副題をみれば内容が推定できます。60頁ほどが総論で、そのあとが12人との対話です。[自由競争では、消費者に受けることなら「何でもあり」だ。制限はただ一つ、コストの中で行わねばらなないことである]。
[「コスト+適正利潤=適正価格]という考え方が通用]していた時代が終わり、自由競争の時代になるとコストが重要な基準になります。[自由競争に打ち勝つ手―、それは基本的にローコストだ]ということです。実際その後の20年、物価は上昇していません。
2 能力よりも意欲を重視する傾向
働き方を変えるためには、考え方を変える必要があります。堺屋は[高度成長中の日本の企業では、能力よりも意欲を重視した]と指摘します。そうした傾向は今もありますが、[ローコスト化を実現するためには、まずこの気質を変えないといけない]のです。
プロなら[各自が自己の能力を発揮するという職業倫理によって動いてくれる]でしょう。しかし[忠誠心を終身雇用で買い取ろうとすれば、コストがどんどんつり上がり、余計な組織、余計な人員、余計な施設]ができてローコストが実現できなくなります。
[どんなに上品に見えても、どんなに特定の人々に褒められても、コストに合わないものは消費者の支持がない]のです。日本の[規格大量生産品なら、1ドル100円でも競争力がある]が、それ以外では[ことごとく生産コストは著しく高い]傾向がありました。
3 個性的な実力者のマネジメント
堺屋は江崎玲於奈との対談で、創造性のある人を企業は求めているはずなのに、実際の採用では、協調性が重視されていると指摘します。学生もセールスポイントを聞かれると、「協調性です」と答えると言うのです。これに対し江崎はアメリカの体験を語ります。
▼私もアメリカで人を使いましたが、自分の将来は自分で決めるのだという個性的な人を説得するのはなかなか難しい。/ことにわれわれ研究者はそういう色彩が強い。/「イエス」といわないのを「イエス」といわせようとするわけですから、ある意味では個性的な方がおもしろいのですが、そういうマネジメントを日本の企業はまだ習得していない。その意味では、いまおっしゃったように、協調性のある人の方がいいのでしょうね。 p.320~321
中谷厳も、堺屋が[大企業、中堅企業では、個性の強い人は排除されるという仕組みになっています]と言うのに対し、[有力電機メーカーの社長さん]の話を紹介しています。アメリカの会社とソフトの合弁会社を作って、最優秀の技術者を派遣したそうです。
[日本の中では最も優秀な技術者が行きたがる会社で、その中でもえりすぐりの人を選んだのに、彼らがまったく歯が立たない。これは、日本の普通のルートで上がってきた技術者は、だれもソフトができないということです]と中谷は言います。
大量規格品でない個性的なものを、納得できるローコストで提供するというのは簡単ではありません。しかし成功している会社があるのも確かです。個性的な実力者をマネジメントするにはどういう仕組みにすべきか、この本にはそのヒントがあると思いました。