■書かれた言葉に基づいて日本語文法が構築されるべき理由

     

1 8世紀まで遡れる日本語の文章

日本語文法を考えるときに、朝鮮語・韓国語の文法が何か参考になるのかと、ふと思ったことがありました。そんなこともあって『日本語とハングル』という本を読んでみたのです。著者の意図とは別に、日本語の文法構築に、朝鮮語は役立たないと思いました。

そういえば、大野晋の『日本語はどこからきたのか』でも否定的に扱われていたはずです。改めてその個所を確認してみました。大野は[アイヌ語、朝鮮語、高砂族の言語と日本語とを比べるとき]、まず日本語の歴史を確認することが必要だと言います。

▼文字で書かれた日本語をさかのぼっていくと、八世紀の『古事記』や『万葉集』に到達します。これに使った文字は漢字だけれど、言葉は漢字による輸入語ではない、それまでにあった日本の言葉を書いたものです。その漢字を読み解くことが出来れば、日本語がわかります。 pp..32-33

      

2 文章の成立時期の相違と文構造の類似

日本語が8世紀までさかのぼれるのに対し、[朝鮮語はどうか。朝鮮にはハングル文字がある。ハングル文字は、十五世紀の中ごろに王様の命令で学者たちが集まって作ったものです。しかし、朝鮮語には十五世紀よりまえの文字資料は漢字しかありません](p.33)。

文章の成立時期が違いすぎます。比較は簡単にいきません。とは言え、類似点がありますから、大野は[朝鮮語とアルタイ語との間の、文法的な構造についての共通点、また日本語との間の共通点を箇条書きにしておきましょう](p.51)と言い、類似点をあげます。

①日本語には、一般に、名詞・代名詞に単数複数の区別がない
②日本語には、冠詞がない
③日本語には、名詞に文法的な性がない(ドイツ語なら月は男性、窓は中性、愛は女性)
④日本語では、格変化をガ・ノ・ニ・ヲなどの助詞で示す
⑤日本語には、形容詞の比較級・最上級がない
⑥日本語では、動詞の基本形を名詞化できる(アソブ⇒アソビ)
⑦日本語には、かつて無生物を主語にした受身の言い方はなかった
⑧日本語には、関係代名詞がない
⑨日本語では、形容詞・副詞は、名詞や動詞の前に置き、また目的語も動詞の前に置く
⑩日本語では、疑問文にする場合、文の終わりに疑問の助詞をつける

     

3 重要なのは読み書きの問題

大野も、[日本語と朝鮮語は、文法上の多くの共通点を持っています。それはアルタイ語とのあいだにも見られる、根の深い共通性であるともいえるでしょう](p.55)と認めています。しかし見出しは「日本語と朝鮮語とは意外に遠い」となっていました。

▼ところが朝鮮語と日本語の間には単語の対応が案外みつからないのです。河野六郎氏は、「もし二つの言語が同型の関係にあるなら、単語がぞくぞく対応するはずだ。しかし、そうはいかないから、朝鮮語と日本語との関係は遠いのだ」といわれたことがあるそうです。これは耳をかたむけるべき発言と思います。 p.56

やはり結論は変わりそうにありません。他の言語との類似性をもとにして日本語の文法を構築するのは、無理があるということです。類似の言語よりも日本語の文章には圧倒的に古い歴史があります。日本語に基づいて日本語の文法を構築するしかないのでしょう。

書かれた言葉は固定化され、安定しています。しばしば会話用の言葉を例文にして問題提起がなされますが、談話文法は別領域のものと言えます。私たちにとって重要になっているのは、読み書きの問題です。そのための日本語文法が必要だということになります。