■主語概念の混乱:森山卓郎『日本語の<書き>方』から

     

1 「全国学習状況調査・中学校」での出題

森山卓郎は『日本語の<書き>方』(岩波ジュニア新書)で、かつて話題になった国語の問題を紹介しています。下書きの文を調整させる中学生への問題です。2010年度「全国学習状況調査・中学校」で出題されたものとのことでした。以下のような問題です。

▼「今、私たちは全国大会出場に向けて練習していて、三年生にとって最大の目標です。」
これを、意味を変えないように二つの文に分けて、二文目に「目標です。」に対応する主語を補いなさい

下書きの文ですから、適切なものではありません。これを適切な文章になるように修正するようにという問題です。以下のような解答が示されています。「今、私たちは全国大会出場に向けて練習しています。全国大会出場は、三年生にとって最大の目標です」。

     

2 問題がおかしかった可能性

この問題の[正答率はわずか43.3パーセント]とあります。これでは困るという考えのようです。しかし、示された解答にも問題があります。「今、私たちは全国大会出場に向けて練習しています」の後に、「全国大会出場は…」と重なるのは好ましくありません。

同じ言葉を重ねるのは冗長な感じがします。文を修正するように言われたら、「今、私たち三年生は、全国大会出場を最大の目標に(して)、練習しています」の方が自然です。「目標です。」に対応する主語を補う場合、その前の文を変えたくなります。

たとえば「今、私たち三年生は練習に励んでいます。全国大会出場が最大の目標です。」という文章になるでしょう。正答率が低いことが問題視されたようですが、出題内容がおかしかったという疑いもあります。この種の問題づくりは簡単ではありません。

     

3 主語概念が不明確

森山は[主語と述語の関係(主述関係)から文の仕組みを考えていきましょう。主述関係は重要です]と記し、[主述の意味関係を考えると、外国語を学習する場面にも役立ちます](p.61)と書いています。日本語にとって、主語がなぜ重要なのかは不明です。

さらに「日本語と英語とでは、「主語」というものの位置づけが実は少し違うのです。日本語には「象は鼻が長い」型の、主語が二つ以上あるような文もあります](p.61)と記しています。しかし主語が複数あると考えてしまうと、主語概念が明確になりません。

「私には欠点がある」の場合も、「欠点」だけでなく[「私には」というのも主語として扱えるという考え方もできるかもしれません](p.61)ということです。これでは主語がわからなくなります。だから優秀な学生ほど、主語の概念がわからないと言うのです。

2005年出版の『日本語教育事典』には「主語」の項目がありません。主語概念の混乱がもはや限界を超えてしまったようです。主語概念が明確にされず、例文も適切とは言えないものが並んでいます。この本を読んで、わかったとはなりそうもありません。

     

     

      

     

This entry was posted in 日本語. Bookmark the permalink.