■日本語がグローバル化した背景:共通基盤の形成

      

1 日本がグローバルしたから、日本語がグローバル化した

日本語がグローバル化したというのは、あらゆる学問を日本語で学ぶことができるということからも裏づけることができます。こうしたことが可能な言語は、欧米語以外、ほとんどないはずです。学問で使う概念をつぎつぎに日本語化してきたからと言えます。

日本語で表現できるようにしようという意思をもって、苦労して日本語化したものです。佐藤優が『悪魔の勉強術』で言うように[知識・情報を土着化]したと言えるでしょう(p.66)。こうした延長線上に、ビジネス用語の日本語化が考えられます。

日本最大の企業であるトヨタ自動車が北米に進出したのは1986年でした。意外に最近という印象を持つ人が多いようです。実際に現地で仕事をすれば、従来の常識が通じないことが出てきます。日本がグローバルしたから、日本語がグローバル化したのでしょう。

      

2 多様性と共通基盤

岡本行夫と佐藤優の『知の超人対談』で、岡本はアメリカの強さとして「多様性」をあげています。多様性を確保するために、アメリカではどんな工夫をしているのでしょうか。[共通のプラットホーム(基盤)][ルール作り]をしているのです(p.107)。

岡本は、アメリカの多様な労働者では生産性が落ちるのではないかと、[80年代に、アメリカに在る日本の自動車工場のトップ]に聞いた話を紹介しています。ここでいうトップとは状況から言って、トヨタのケンタッキー工場のトップだった張富士夫でしょう。

▼「日本人だとみな同じように考えるから、生産ラインのどこかに不具合が起きても現場の人たちが工夫して直してしまう。ところがアメリカではそうはいかない。何が悪かったかをまず全員に知らせて、どう対応するかのマニュアルを作らなければいけない。しかし、その作業によってさらに上に積み重ねていくことができる」と。マニュアルとは結局、プラットホームのことですよ。 pp..107-108 『知の超人対談』

    

3 日本語の共通基盤化と今後の飛躍

1980年代には、まだ日本に本当の意味での業務マニュアルが、できていなかったということかもしれません。多様性を活かした共通基盤となるマニュアルが作れていなかったということになります。マニュアルの記述で苦労するのは、内容の問題が主でしょう。

文章は書かれる内容があってこそのものです。すべての学問を日本語で行えるようにするためには、使用される言葉を日本語化する必要がありました。マニュアル化のためには、共通基盤化を意識して記述しなくてはなりません。そのための格闘が必要です。

もはや日本語であらゆる種類の文章、文書が作成できるようになっています。当然、苦労する必要がなくなったわけではありません。今後もよりよい表現が可能になるように工夫する必要があります。しかし日本語が共通基盤になったことは間違いないでしょう。

そうなると、どういうルールで、どういう記述をするかが問題になります。どう書いたらよいのか、どういう記述が適切なのか、こうした点での共通基盤化とルール化が不可欠になるはずです。これから確実に飛躍する広大な分野が、残されているといえるでしょう。