■文章の水準と評価:現状と求められる水準との乖離

       

1 ひどいと言われた例文

文章チェックの講座を今月実施することになったため、少し前からテキストの準備をしています。もう少し進んだら、モニターの人に意見を聞いてみようかと思っているところです。こうやって準備をしていると、いくつか思い出すことがありました。

IT企業で働いている方から、IT系の人が書いた文章の本がひどいと教えられたことがあります。そんなものなのでしょうか。その種の本を読むことは、ほとんどないので知りませんでしたが、講義にいらした方が同様の話をしてくださったことはあります。

たぶん以下の例文のある本でしょう。[コピー用紙は三階のキャビネットの中にありますが、一箱だけコピー機の隣の棚に置いておきます。二階の総務課にトナーとキャビネットの鍵があります](高橋麻奈『心くばりの文章術』)。この文章をどう評価しますか?

       

2 ありえない想定に基づく評価

こんな文章では[部長のご機嫌はますます悪くなる一方です]というのが、この本での評価でした。何が悪いのでしょうか。じつは私が聞かれたのです。この文章がダメだという理由が納得できないというのです。たしかにそう思います。ダメな理由はこんな風です。

▼この文章の初めの部分を読むと、コピー用紙がキャビネットに入っているらしいことがわかります。そこで、三階のキャビネットに向かいます。しかし、三階にたどり着くと、キャビネットにはなぜか鍵がかかっている。 (p.14)

それで[コピー機の場所に戻ってきてもう一度文書を読みます]が、コピー機の隣に用紙がないのです。[こうして文章の最後まで読んでようやく、総務課にキャビネットの鍵を取りにいかねばならないという事実に気付くのです]とのこと。ありえない想定です。

      

3 強い組織のリーダーの危機感

もう一度例文を見ましょう。[コピー用紙は三階のキャビネットの中にありますが、一箱だけコピー機の隣の棚に置いておきます。二階の総務課にトナーとキャビネットの鍵があります]でした。この文章を最後まで一気に読んで内容が理解できなくては困ります。

コピー機の脇に貼られた文章です。最初に「コピー用紙は三階のキャビネットの中にありますが、一箱だけコピー機の隣の棚に置いておきます」までを読んで、コピー用紙の有無を確認します。用紙がなければ鍵を借りて、キャビネットから持ってくれば良いのです。

さっと読んで、こうした行動がとれなくては仕事になりません。当然のように、この本の修正文は数段ダメな文章です。部長の地位にある人が、嘆くのもわかります。この程度の文章なら読めるのが前提です。数段のどかな時代でも要求水準が違いすぎるでしょう。

在宅勤務などの影響で、文書の水準と評価方法が問われています。一定レベルの文章を書き、それを適切に評価できなくてはリーダーになれません。強い組織のリーダーほど大変だと思うことでしょう。レベルが下がっているのに、要求が高くなっているのです。