■エズラ・ヴォーゲルの修正:強すぎた鄧小平路線への期待
1 コンパクトな名著『鄧小平』
エズラ・ヴォーゲルは2020年12月20日に90歳で亡くなっています。代表作の『現代中国の父 鄧小平』は日本語訳では1000ページを超える本ですので、簡単には読めませんが、そのエッセンスを詰め込んだ本に、講談社現代新書『鄧小平』があります。
ヴォーゲル自身が[このインタビューは短いけれど、鄧小平の生涯と業績の大事なポイントをすべて盛り込むものになった](p.4)と書く通り、コンパクトでよい本です。読む価値があると思います。ただし、現代チャイナに対する期待が大きすぎる気はしました。
その後に出た『リバランス』という本もそんな感じがしました。2017年に企画、2018年8月末に4日間話を聞き、2019年5月にも追加取材を行ったとのこと。この本でも、期待が勝っています。ヴォーゲルの期待通りには進んでいかないように思いました。
2 ヴォーゲルへの峯村健司による「惜別」
最近になって、ヴォーゲルが晩年に考えを変えていたことを知りました。朝日新聞の2021年1月9日夕刊にあった文章に書かれています。「惜別」という欄にある記事には編集委員の峯村健司と署名があります。この人にとって、ボーゲルは恩師だということです。
ヴォーゲルが胡耀邦の伝記を書こうとしていたことは知られています。この改革派の死が天安門事件に繋がったため、中国ではタブーとなり、文献もなく中国人も語らなくなりました。「書きあげる自信がない」という恩師の[弱気な姿を初めてみた]とのこと。
ボーゲルは知日派と言われ「ボーゲル塾」を行っていましたが、[別の日に中国人向けのボーゲル塾が開かれていたことは、日本ではほとんど知られていない]ということでした。実際、知日であっても親日ではないという評価が何度か聞こえてきていました。
3 ヴォーゲルの分析の誤り
峯村の追悼の文章に[希代の中国専門家でも、分析を誤ることがあった]という記述があります。日本専門家とは言いにくい人ですが、中国専門家だったことは間違いありません。問題は「分析を誤」った内容です。重大な思い違いがあったことがわかります。
▼「習近平氏が国家主席の任期を撤廃する」。2017年末、私が耳にした内部情報を伝えると、即座に否定された。「そんなことをすれば、鄧小平路線の否定で独裁への回帰だ」。だが、その数か月後に2期10年の任期が撤廃された。ボーゲルさんは「一強」を加速させる習体制について、「政治改革は絶望的で、自由な言論空間が抑圧されている」と批判的だった。
経済統計のデータを見ていると、2012年の習近平体制以降、あきらかに数字があやしくなっていました。グラフを見たり、グラフ化してみれば不自然な形に気がついたはずです。就任間もない頃からの変化ですし、公開情報ですから講義でも話していました。
ヴォーゲルはなぜかおかしさに気がつかなかったようです。任期の撤廃は2018年3月のことでした。ボーゲルの場合、鄧小平路線への期待が強すぎたといえそうです。しかし間違いに気がついて、評価を修正していたのはさすがでした。貴重な文献だと思います。