■情報社会・知識社会における知的生産の方法

       

1 たえざる自己変革と自己訓練

いままで何度も梅棹忠夫『知的生産の技術』について書きました。いまだに何か気になると、手に取ることがあります。毎回、読み落としというか、頭に入ってきていないことが見つかります。はしがきの最後の文章など、当たり前すぎて忘れたのでしょうか。

▼知的生産の技術について、いちばんかんじんな点はなにかといえば、おそらくは、それについて、いろいろと考えてみること、そして、それを実行してみることだろう。たえざる自己変革と自己訓練が必要なのである。 p.20

梅棹の方法を刺激にして、自分なりの方法を見出すことが大切です。知的生産とは、情報の時代において、[頭をはたらかせて、なにかあたらしいことがら―情報―を、ひとにわかるかたちで提出すること](p.9)、[かんがえることによる生産](p.11)を言います。

      

2 知識社会と情報社会

梅棹は情報の概念を[知恵、思想、かんがえ、報道、叙述、そのほか、十分ひろく解釈]します(p.9)。そして[知的生産とはいえないような情報生産]が[演奏とか舞踊の上演とか、おいしい料理を作る]などの[感覚的あるいは肉体的情報生産]です(p.10)。

梅棹の言う情報は、知識と同じ概念だとみられます。ただ「感覚的・肉体的情報生産」をノウハウとみるなら、知的生産と分ける必要はありません。知的生産とは情報・知識の生産であり、その[検索、処理、生産、展開についての技術](p.15)と考えられます。

ドラッカーが言う「知識」は、梅棹の言う「情報」と同じ概念になりそうです。知識社会とは情報社会ということにもなります。知識・情報を創造することが求められる社会、それが評価基準になる社会と言えるでしょう。知的生産が今後も必要になる理由です。

      

3 生産力・成果物の質を決めるもの

知識を創造したり、新しいこと見出して提示することが「知的生産」であり、そのための方法を考えて、仕組みとして整備した場合、知的生産の技術が整備されたことになります。それを「たえざる自己変革と自己訓練」によってバージョンアップしていくことです。

ヤングは『アイデアのつくり方』で、アイデアとは、既存の要素の新しい組み合わせを生み出すことだと言いました。ある種の技術、仕組みがが確立していれば、思いつきで実践するよりも、良いアイデアが出てくる可能性が高まります。失敗も減らせるでしょう。

情報社会・知識社会においては、良いものを生産しないと負けてしまうということです。これは個人でも組織でも社会でも同じことでしょう。このとき仕組みがかなりの程度、生産力や成果物の質を決めることになります。私たちが本気で取り組むべきテーマです。

デジタル化の進展で、従来よりも圧倒的に有利な方法がとれます。すでにある技術を使って、自分に向いた仕組みが作れるはずです。年度末に失敗が続いて、またここに帰ってくることになりました。方法・技術・仕組みが、まだ確立できていないということです。