■現代の文章:日本語文法講義 第25回から 「日本語文法の基礎概念について」

    

1 使えない日本語の文法書

先日まで講座のテキストを作っていました。講義では、リーダーの人たちが部下の文章をチェックするときに、どうするのがよいのかという話をします。日本語の場合、文法書がほとんど役に立ちません。文法の話が長く続くと、聞く気がなくなるはずです。

受講される方たちは部下をもったリーダーですから、専門をもったビジネス人です。あるいはリーダーになるべき人たちです。レベルの低い方々ではありません。それどころか一般に言えば、かなり優秀な方々です。そういう人たちが文法を頼りにしていません。

以前、学校の先生みたいな人が、ビジネス人の場合、文法の話を聞きたがらないと話したのに対して、出来がよくないからじゃないのかといった反応をしたことがありました。ナンセンスな話です。あなたレベルじゃ、相手にされませんよ、と言いたくなりました。

       

2 リーダーが日本語を考えるとき

仕事のできる優秀な人たちが、あるレベルに達すると、日本語について考える必要性が出てきます。ビジネスの状況を把握するときに文章で記しますから、記述は重要です。記述なしで、ビデオメッセージや、音声録音で済ませる訳には行きません。

迅速な事務処理をするには、文章になっていたほうが良いのです。音声や映像では、効率的な処理ができませんから、文章について考える必要がでてきます。リーダーだけではなくて、部下である人たちも同じです。読み書きが出来なくては困ります。

いずれにしても、仕事のできる人達なら、文章が書けなくてはいけない、読めなくてはいけないのはわかっています。必要不可欠なことです。そういうときに、日本語の文法が使われないのですから、残念というべきでしょう。

とはいえ、使う価値があるかどうかで考えたならば、とても使える代物じゃないということになります。それが本音でしょう。このあたり、何とかしたいという思いは、私にもあります。そんなこともあって日本語文法講座などという連載を始めてみたのです。

       

3 日本語文法の問題点

しかし現在の日本語文法に関して、外の世界の人間にとって、学説の状況だけでも、よくわかりません。ここに書かれていることが通説なのか、独自説なのかはっきりしないことがよくあります。日本語文法はまだ確立していないのかもしれないのです。

実際、留学生と話していると、やはり…ということになります。大学を出て、かなり高い地位の仕事をした人が、留学してくることがあるのです。自国語以外に、英語をやり日本語をやった人たちですから、どう感じるのか、興味があります。

彼らに、日本語の場合、まだ文法が確立していないかもしれないと言うと、たいてい英語とは違う、日本語文法はきちんと整備されていないと思うと答えるのです。ごく少数のサンプルですから、そんな感じがあるというのにすぎません。

     

4 解説が優れている『言語の科学 5 文法』「2 文法の基礎概念Ⅰ」

学説の混乱が収斂したならば、これが通説であり、有力説がこれで、これは少数説ですと言えるはずなのです。当然、通説を学べばよいということになります。日本語の文法の通説的な考えというのは、どうなものか参考となる本をすこし探したのです。

そうやって探した中に、『岩波講座言語の科学 5 文法』という本がありました。この本の「2 文法の基礎概念Ⅰ」という章に基礎的な概念についての解説があります。内容が明確だと思いました。

この説明を確認していけば、最低限の用語の概念や構造について理解できそうです。学説の様子も少しはわかるかもしれません。この章を執筆したのは益岡隆志との記載があります。シリーズの編集委員であり、出版時点で神戸市外国語大学日本語学の先生でした。

この巻の「学習の手引き」を執筆していますから、日本語文法の学者として評価されているのでしょう。さらに言えば、こうしたシリーズ本の場合、自説を強調することよりも、標準的な立場にも考慮しているはずですから、その点で、読む価値はありそうです。
(つづく)