■文末におけるカテゴリーの省略:かつての論争「象は鼻が長い」
1 主語論争の例文だった「象は鼻が長い」
かつて「象は鼻が長い」という例文について、主語は何かという論争があったそうです。もはや、ほとんどの方がそんなことなど知らないでしょう。しかし、この形式の文をどう解釈するかは、現在でも明確になっているわけではありません。
かつてはずいぶん主語がどれだ、主語とはどういう概念だと、気にしていたようです。もはや統一的な主語概念を提示できそうにありませんから、主語は何かという設問自体が下火になったのでしょう。この論争に触れる必要はないのかもしません。
ただ、この問題について理解しておいた方がよいことは確かです。いまでも、こうした形の文はあります。文末の主体となるものが主役であると考えるならば、一見簡単なことのように思うでしょう。「長い」の主体は「鼻」ですから、「鼻」が主役になります。
通説的見解では、「鼻が」は「主格」であり、主語であるかどうかは言わないようです。あるいは「象は」は主題であり、「鼻が」が主語だという説明の仕方をすることもあります。「は」なら主題、「が」なら主語というのも、一見わかりやすい説明です。
2 2つの解釈が成立:「強調形」と「カテゴリーの省略」
「象は鼻が長い」の解釈について、簡単に私見を示しておきます。このセンテンスは2通りの解釈が出来て、文脈によってどちらかになるというのが結論です。2通りの解釈が生じるのは、センテンスの意味にちがいが生じるためでした。少し説明します。
「象は鼻が長い」が「象はね、鼻が長いの!」と読めば、「象」が強調されていて、そのあとに、その説明が続く形です。助詞「は」は強調形をつくると考えます。「象」を強調した強調形の文ということになります。ということは、標準形があるということです。
標準形は「象の鼻は長い」だったと考えられます。「象の」の「象」を強調して「象は」となった形です。強調する言葉に「は」をつけて、前に出す形式はときに見られます。「道具は私どもでご用意いたします」なら「私どもが道具をご用意いたします」です。
もう一つは、文末の「カテゴリー」にあたる部分を省略している場合が考えられます。「象は鼻が長い【動物です】」が「象は鼻が長い」になったということです。標準形は「象は鼻が長い動物です」であり、ここから「動物です」を省略した形になります。
3 社説の例文の文法的分析
文末におけるカテゴリーの省略の事例は、よく見られるものです。「コンニャクは太らない」という例文など、文末を「太らない」だと解釈すると、困ったことになります。「太らない」なら人間のことでしょう。そうなると、主体がコンニャクでは困ります。
「コンニャクは太らない【食べ物です】」と解釈するなら、文末は「太らない食べ物です」であり、その主役は「コンニャク」ですから、これで問題ありません。「このクリームは肌にやさしい」ならば、「このクリームは肌にやさしい【製品です】」となります。
たとえば、「感染症をはじめ危機が相次ぐ現代は、国民が政府の危機管理に求める水準が高まる」を、どう解釈しますか? これは2021年10月25日日経新聞の社説の冒頭の文です。「主役+文末」はどうなるでしょうか。ここは後者の解釈がよいでしょう。
主役: 感染症をはじめ危機が相次ぐ現代は、
文末: 国民が政府の危機管理に求める水準が高まる【時代である】
文末のカテゴリーの省略だと考えれば、すっきり内容がわかるはずです。