■森芳雄の言葉
▼世界的傑作 森芳雄「二人」
日本人が描いた油絵の人物像で最高傑作といわれるのは、森芳雄の「二人」です。紀伊国屋書店が所蔵していて、かつては踊り場にかけられていたそうです。2012年9月の主体展で、特別展示されていました。
日本の油絵の水準は、戦後急速に上向きになりました。おそらく終戦後からバブルが崩壊するまでの40~50年は、世界的に見ても日本の油絵は、トップ水準にあったように思います。森芳雄の「二人」は間違いなく世界的な傑作でしょう。
さいわい森芳雄の言葉が、日経ポケット・ギャラリーに残されています。お嬢さんの門田正子(もんでん・まさこ)さんが、先生の言葉を記録して載せています。こんな才能があったのかと森先生が驚いていたと、お聞きしたことがあります。
いまでも森芳雄を慕う人たちが、このコメントを大切に読み、ここから先生を感じ取っているそうです。
▼基本的技巧の習得
森芳雄の言葉の中でも、先生を慕う画家たちが大切にしている言葉があります。何人かの画家から少しずつ違う言い方で、同じお話を聞きました。
今、気が付くことは、基本的技巧を習得していないと、意図と結果がずれると言うことだ。このことは未だに勉強中だ。
絵の世界でも、技巧を軽視する傾向が強くなっている、という声を聞きます。しかし、自分の意図するものを表現するには、基本的な技巧がどうしても必要なのだということです。個性を主張する前に、基礎をきちんと見につけるべきだということです。
森芳雄が例に出している練習法は、白いクロスの上に、卵を何個か載せた白い皿を描くというものでした。20代で渡欧したときにシャルル・ユーグというハンガリーの画家から教えてもらったそうです。鉛筆や木炭でのデッサンの次のステップが、この練習法です。
色を使っての、しかし、ほとんど一色のデッサンです。簡単にはいきません。森芳雄自身、書いています。
簡単なことだと思ってやってみたが、結果は玉子も布も絵全体が水色になってしまい、どうにもならなかった。
▼創造性は訓練できる
芸術を教えられないのではないかと思われた時代がありました。芸術を教えられるかどうかと言うのは、大問題でした。時代とともに、芸術も教えられるのだと認知されて、芸術大学が世界にたくさん設立されました。芸術も、基本的技巧の習得を通じて、その先にいけるということでしょう。
絵の世界では、現実は残酷なほど明確になります。基礎をきちんとやってきた画家と才能だけでやってきた画家では、その後がまったく違います。基礎があるからこそ、自分の表現したいものが表現できるのです。
森芳雄は「画家は60歳から伸びるかどうかだ」と言っていたそうです。基本的な技巧を大切にしないといけないという先の言葉も、80歳を超えてからのものだったようです。≪このことは未だに勉強中だ≫という言葉が響いてきます。
創造性を生かす業務を考えるときに、基本的技巧に当たるものが何であるのか、あらためて考える必要があるだろうと思います。基本的なところが訓練されていないと、オリジナリティを主張しても、空回りすることになりかねません。