■よくできたコンパクトな日本史の本:渡部昇一『増補 決定版 日本史』

       

1 300頁足らずの日本史の本

先週ふれた『男の肖像』で、塩野七生は世界に通用する歴史的人物として織田信長と北条時宗をあげていました。この二人のうちでも、とくに時宗をどう記述しているかで、ある程度、日本史の本を判定できるかもしれません。実際のところ、どうでしょうか。

思いのほか日本史のことを知っておきたいと感じているビジネス人が多い様子です。学習参考書を買ってみたけれども、あれはダメだったという人もいました。正確かもしれませんが、無味乾燥です。通読するのはよほどのことがない限り難しいことでしょう。

出来の良いコンパクトな日本史の本を読むほうがよさそうです。渡部昇一『増補 決定版 日本史』は300頁足らずの本ですが、元寇と時宗について、2項目の見出しを立てて、合わせて6頁の記述がなされています。日本史の大きな流れが理解できるはずです。

      

2 歴史のポイントをコンパクトに提示

「日本史上、最大級の危機だった蒙古来襲」(pp..102-105)、「蒙古来襲に毅然と立ち向かった20歳の大将・北条時宗」(pp..106-108)の項目名だけで、元寇が最大級の危機だったこと、時宗という若者が立ち向かったことがわかります。内容を見てみましょう。

(1) 17歳の時宗は、元のフビライの国書に返書を送ろうとした朝廷の意向を拒絶
(2) 1274年、文永の役で、4万の元軍は残虐の限りを尽くし、日本は苦戦
(3) 少弐 景資(ショウニ・カゲスケ)の矢で敵将・劉復享が死亡、元軍は船に引き揚げる
(4) 元軍が引き揚げた夜に大嵐が来て船は沈没、残りの船も撤退…「神風」と呼ばれる
(5) 1281年、弘安の役で、元は南宋の軍を使って十数万の大軍を博多湾に派遣
(6) 幕府は防衛の準備をした上に果敢に攻撃し、元軍を長期間海上に留め置かせる
(7) やがて大暴風雨がきて海上の元軍は全滅、帰国は2割以下…再びの「神風」

以上が「日本史上、最大級の危機だった蒙古来襲」でのポイントです。3頁でこれだけのことが語られています。厚い本では、こうしたことが見えてきません。ただし参考書で確認すると、(1)は時宗18歳の時のこと。すでに前年、幕府の方針は決まっていたのです。

     

3 基本書を読み、参考書で補完する方法

受験参考書は通説に沿って正確な記述がなされています。広く使われている山川出版の『詳説 日本史研究』と安藤達朗『日本史 古代・中世・近世』の場合、共に3頁程度の記述です。(3)の「少弐 景資」の矢の話は、両書に記述されていません。伝承のようです。

『増補 決定版 日本史』には正確さで微妙なところもあるかもしれません。しかし、こちらを基本にして日本史全体を読んだ上で、必要に応じて参考書で確認したほうが理解が進みます。「蒙古来襲に毅然と立ち向かった20歳の大将・北条時宗」も見ておきましょう。

(8) 蒙古来襲に際し、朝廷は諸社寺に祈祷を命じ、亀山上皇も伊勢神宮に参拝
(9) 祈祷により神風が吹いたと朝廷は思い込み、戦った武士、時宗の功績を低く評価
(10)時宗について、日露戦争の頃、明治天皇によって再評価がなされた
(11)時宗は宋の禅宗の高僧から教えを受け、高僧・無学祖元(ムガクソゲン)からも絶賛された
(12)時宗は武士たちを奮い立たせる何かを持っていた稀有な大将だった
(13)幕府は蒙古との戦いで国土を防衛したが、何も得たものはなかった
(14)武功への恩賞がなく、出兵しない者が得する矛盾が生じ、幕府の権威が失われた
(15)北条家は倹約により蒙古来襲に対応できたが、富が尽きて幕府の経済基盤が揺らいだ

コンパクトで、よくできた本はどんな分野でも、ごく少数しか存在しないように思います。そういう本を見つけることは大切なことです。日本史の分野でお薦めできるのは、現時点では、この本です。他にもよい本があるかもしれません。もう少し探してみます。

      

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■英語と日本語に共通する発想:マーク・ピーターセン『日本人の英語はなぜ間違うのか?』から

     

1 同じ名詞の繰り返し

日本語の場合、誰が誰に語っているのか、わかりきっている場合には、そのことを記述しないのが通常の記述形式になっています。したがって、欧米の言語のように「主語-述語」という構造はありません。この点から、単肢言語という言い方もなされます。

これは文章の効率性から言って、当然のことです。日本語に限らず、まだらっこしい言い方は、通常の表現にはなりません。マーク・ピーターセンは『日本人の英語はなぜ間違うのか?』で、中学校の英語の教科書をチェックして、妥当でない表現をあげています

ヘンな英語になるときの特徴として、最初に、[代名詞を使わず、同じ名詞を繰り返して使う](p.13)点をあげています。わかりきった同じ言葉を使わずに、「it」などの簡単な符号を使えば、煩わしい感じがしないでしょう。日本語と似たことをしているのです。

      

2 わかりきったものにイライラする感性

ピーターセンは中学教科書にあった英文を例示して、それが英語を母語とする人間にとって、なぜ変な感じがするのか示しています。第8章は[単語の無意味な「繰り返し」を防ぐには?]という章題です。わかりきったことを繰り返されるとイライラします。

たとえば「He was shocked to see a lot of sick peaple who were suffering from huger and illness.(彼は、飢餓と病気で苦しんでいるたくさんの病気の人を見て驚いた)」(p.153)という文を見ても、われわれ日本人の多くは妙な感じがわかりません。

しかしネイティブの人なら、[こういう文を見ると“sick peaple”なら“suffering from illness”に決まっているだろう、といらいらし]ます(p.153)。「He was shocked at the number of people suffering from hunger and illness.」ならよいのです。

      

3 英語と日本語に共通する発想

日本語でも、「私は」「私は」と何度も言われると、ヘンな感じがします。「私は」の2語くらいでイライラするのはおかしい…とは言えないでしょう。洗練されていない文だと感じるからです。英語にも、こうした感覚と同類のものがあるということでしょう。

ピーターセンがあげた上記の文でも、「to see a lot of sick peaple who were」のところを、「at the number of people」に変えることによって、[すっきりした英文になります](p.154)と書いています。こうした感じは、わかる気がするのです。

日本語では、叙述の部分が文末という定位置に置かれますから、叙述が何であるかに迷うことはありません。主体がなくても困らないのです。英語の場合、主体と叙述の接近した配置によって、叙述の部分とその主体が誤解なくわかる構造になっているのでしょう。

文末に叙述部分を置く日本語では、叙述の誤解が生じないため、その主体が何であるかという点が問題になります。主体がわかる場合に、それを記述しないほうが、すっきりするのです。発想の面では、日本語の場合も英語の場合も、類似しているように思います。

       

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■OJTマニュアル講座:2023年10月3日に開催

     

1 OJT実践のために必要なこと

OJTマニュアルの講座が来月3日にあります。まだOJTを実施するのにマニュアルがない組織が多数派です。安定したOJTを行うには必要不可欠なものですが、気づいていないのかもしれません。実践力をつけてほしいとの切実な要望があるにもかかわらずです。

かつてはOJTという言葉もありませんでした。一定期間、同じ職場にいる前提なら、業務をやりながら自然に覚えていくのでしょう。あえて名前など必要ありません。現在も、そんな意識の職場があります。しかし人の移動が以前よりも頻繁になりました。

共通基盤が作られていないと、なかなかOJTといっても、実施内容が決まらないことでしょう。OJTを実施しようとするときの前提として、業務の仕組みを整備して、現状の業務を変更するか、現状の業務と矛盾しない形で仕組みを作る必要があります。

      

2 業務構築の基礎を身につける

OJTマニュアルを作るということは、習得のプログラムを作るということです。「誰に対して、どんな内容のものを、どういう風に教えていくのか」、それを組織が把握しておくことが不可欠になります。記述しておけば、プログラムが発展していくのです。

マニュアルを作ろうとして記述しようとするときになって、業務の仕組みが整備されていないことに気がつきます。それを整備するところから始めるのは、本来おかしいのですが、現状を見る限り、そうするしかありません。しかし悪いばかりではないのです。

リーダーが、狭い範囲の仕組みを作ることに慣れることは、業務構築の基礎的な勉強になります。アイデアは、思いのほか多くの人が出してくれますから、「業務の構築など、いくらでもできますよ」というリーダーがいてくれたら、心強いでしょう。

      

3 OJTあるいは講義をめぐる状況変化

新型コロナのパンデミックが起きてから、会場での受講という原則が崩れてきました。会場で作成の過程を見て、個別にヒントを出しながら、当日の講義中にOJTのマニュアルを完成させてしまうことが、この講座のウリでした。もはや、それはできません。

こちら側の対応が必要です。「誰に・何を」という点は、変わりありませんが、「どのように」という点が、大きく違ってきています。会場での受講とWeb受講との両方の方が当日、マニュアルを作って見て、「よし、コツがわかったぞ」とするのが目標です。

前回も、自分なりの工夫をしてみたのですが、Web受講者の状況がわからないところがありました。しかし幸いなことに、Webで受講された方たちが、アンケートにかなり率直なコメントを書き込んでくださったので、今回、それを参考にして改定を進めています。

5月にコロナが5類認定になったことも、変化の要因になっているのかもしれません。まだ迷いながらですが、今回はテキストが大改訂になりそうです。10月3日に講義が開催されます。もう少しでテキスト完成です。ご興味ある方は、どうぞご参加ください。

新規所属者を最も早く戦力化するためのマニュアル作成と指導のノウハウ

      

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■斉藤孝『学術論文の技法』:正統派の「論文の書き方」

    

1 正統派でわかりやすい論文の本

国際政治史の斉藤孝は、『学術論文の技法』を1977年(改訂版1988年)に書いています。はしがきに[この小さい書物]とあるように、本文は160ページ程度の本です。初めは大学院生向けのメモだったようですが、それが発展して本になりました。

学生の論文を審査するうち、[論文のルールというものについて私なりの理解が出来上がってきた]とのことです。1973年にエディタースクール夏期講座で「論文の書き方」の話をしたものが基になっているためか、わかりやすい文章で書かれています。

しかし内容はきわめて正統派のものです。その方が、かえって我々の参考になります。論文とは[自分の研究で得た結果を報告し自分の意見を述べたものであり、それによってその学問分野に新知見をもたらすものである]との八杉隆一の定義を引用しています。

      

2 研究論文と言える条件

八杉の定義をさらに具体的に理解するために、斉藤は反対側から説明することになりました。オードリー・ロスの本(Audrye J.roth,The Research Paper,1966)から借用した[研究論文といえない]ものがどんなものであるか、5項目で示しています(pp..7-9)。

▼研究論文と言えないのは次のようなものであります。
(1) 一冊の書物や、一篇の論文を要約したものは研究論文ではない
(2) 他人の説を無批判に繰り返したものは研究論文ではない
(3) 引用を並べただけでは研究論文ではない
(4) 証拠立てられない私見だけでは論文にならない
(5) 他人の業績を無断で使ったものは剽窃であって研究論文ではない

[学術論文とは、自分の研究の結果を論理的な形で表現するもの]であって、文章では[なるべく修飾語を使わないことが論理的表現のための出発点]、[形容詞或いは修飾語を除いた形で文章を組み立てるという所から始めなければなりません](pp..9-10)。

      

3 王道を行く論文作成過程

斉藤は実際の経験から、[ある程度研究を進めてみて初めて設定すべきテーマがわかるという場合が多い](p.22)と記します。さらに論文の作成でも、[研究しながらテーマを次々絞っていき、しかもこの間に文章化がすすめられる過程](p.25)が続くのです。

[テーマの決定とは、一度だけの決定ではなく、絶えざる修正と絶えざる改定という試行錯誤の連続なのです](p.25)。そうなると論文の構成も同様のことが起こるのが自然でしょう。[構成プランは絶えず修正を加えられることになります](p.51)とあります。

次第に詰められていくということです。その中でも不可欠なことがあります。[何が問題であり、何が結論であるかを明確に書かなくてはなりません。つまり骨組みがなければならないのです](p.53)。このように論文を作成し、つづいて自己検証をしていきます。

①概念の使用が一貫しているか。②原因の推理に不合理な点はないか。③推定に推定を重ねた形跡はないか。④論理の進め方に無理はないか。⑤結論は既知の関連事象と適合的か。以上が太田秀通の[合理性の吟味の基準](p.68)です。まさに王道でしょう。

      

★上記は1988年版を基にしています。2005年に、この本の新装版が出ていました。

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■業務マニュアルを作るためのスキル

       

1 操作マニュアルの作成が基礎

昨日、なんとか操作マニュアル作成講座のテキストを作って送ったところです。事前のアンケートをしていただいたおかげで、受講される方の経験や要望をある程度、把握することができました。それを反映した内容にしたつもりですが、さてどうなるでしょうか。

操作マニュアルのつくり方を学ぶことは、いずれ業務マニュアルを作るときにも役立つはずです。操作マニュアルと業務マニュアルでは、内容も違いますし、作り方も違います。しかし同じくマニュアルですから、基礎のところは同じといってよいでしょう。

いま問題になのは、業務マニュアルが作れないということです。最近は製造業の状況について話をお聞きすることが多いのですが、以前とは様子が違ってきました。製造業のかなり強い組織でも、なぜかマニュアル作りがうまくいかないというお話になります。

      

2 作成指導者がいないのは自然

なぜマニュアル作りがうまくいかないのか? 組織にマニュアルを作成する先輩がいなくなってきているからです。かつての業務マニュアルとは、もはや実質的な内容が違っていますから、業務マニュアルのつくり方も違ってきます。指導者がいないのが自然です。

デジタル化が進んで、日本の家電業界の元気がなくなってしまいました。特定の組織の特別な技術力に依存した製品ではなくて、機能的には十分なもの、価格も廉価なものが市場に登場してきましたから、仕方ありません。かつてと状況が違うのは当然のことです。

若い人たちがマネジメントを学び、改善や改革をどうするかを学んで、業務マニュアルを作っていくようになればよいと思います。そのためには、一定水準を超える操作マニュアルを、そう苦労なく作れるようになることが必要です。

      

3 ルール作り・仕組みづくりが中核

業務マニュアルでは、共通基盤を作ることが中核的な問題になっています。多様性を前提とするなら、共通のルール、仕組みがあることが不可欠です。こうしたルールや仕組みづくりは、簡単に一発解決ということにはなりません。それだけ難易度が高いのです。

海外進出して成果をあげている企業は、こうした共通基盤づくりを行って、優位性を確保していると言ってよいでしょう。共通基盤というのは「AならばB」という決まりを作ることと、「この領域の手順はこうする」というプロセスの決定が中核になります。

大げさなことではありません。例えば文書管理ができていない会社があります。2つのことが必要です。まず、各文書のフォーマットを決めること。これがルール作りです。次に、文書管理の手続きを決めること。これが管理の仕組み、プロセスを決めることです。

操作マニュアルのつくり方を学んだら、「AならばB」のルールを決め、仕組み作りを学びます。仕組みとは、目標とする効果を明確にして、そのゴールに向かうプロセスを決めることです。順を追って学んでいけば、十分に習得可能なスキルといってよいでしょう。

      

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■世界に通用する日本人の人物について:塩野七生『男の肖像』から

     

1 国際競争力のあるドラマの主人公

塩野七生が『男の肖像』で面白いことを書いていました。イタリアというのはときに天才たちを[ルネサンス時代のようにウンカのごとく輩出する時期]があって、それで[かろうじて成りたっている民族]だというのです(p.61)。飛び抜けた天才が確かにいます。

レオナルド・ダ・ヴィンチをはじめとして、マルコ・ポーロもコロンブスもイタリア人です。国際競争力のあるドラマになる人物は日本にいるのでしょうか。そんな話を塩野は書いていました。なかなかこういう発想が出てこないでしょう。

まず織田信長がその候補になるはずです。ただし条件があります。[比叡山焼打ちや一向一揆を逃げないで描けば]ということです。これによって[日本が政教分離を容易に実現できた基盤のひとつを理解することができ]るからということでした。

      

2 世界に通じる北条時宗

織田信長の場合、日本史でも飛び抜けた人物として扱われますから、それほど意外ではありません。もう一人、塩野はあげていました。こちらはいささか意外な人物だと言ってもよいかもしれません。元寇のときの北条時宗です。なぜでしょうか。

国際的な知名度がないにもかかわらず、国際的に通用するはずだというのです。その理由は、[彼は、モンゴルとカミカゼという、欧米では小学生ですら知っているに条件に恵まれている](p.63)からということになります。言われてみれば、その通りでした。

塩野は書いています。[ヨーロッパと中近東を旅していて驚くのは、モンゴルの影響のすさまじさである]。[襲撃してきて破壊しただけ]だが[爪痕の深さは今でもあちこちに認められる](p.64)というのです。これを撃退したのが北条時宗の時の日本でした。

     

3 日本史の本の北条時宗の項はどうか?

塩野が[日本人のあいだでの時宗の知名度がなんとも低いのには、あきれてしまった]と言うのは、その通りでしょう。[第二次大戦前までは、神風イコール神国日本式が多く、これではシラけてしまう]が[戦後ともなると、沈黙しかなくなる]のでした(p.66)。

北条時宗は33歳で亡くなります。17歳のときにモンゴルからの使者がやってきました。そのあとが2回の元寇です。文永の役のときが23歳、弘安の役のときが30歳でした。まさに[モンゴル襲来にはじまり、モンゴル襲来にくれた一生](p.66)といえます。

[未曽有の国難]の時期に、[蒙古対策の正面に立ち、事実上の最高指導者であり続けたのが時宗だった]のです(p.67)。24か25歳の時宗は、武士たちを鼓舞し防戦に立ち上がらせることができました。[並みの男の出来ることではない](p.69)でしょう。

塩野の考えに反対でないなら、日本史の本の北条時宗の項を読んでみてください。塩野の描いたアウトラインを、発展させてくれる本が見つかるでしょう。いくつかのポイントを持っていると、専門家でなくても自分の欲しい本が選べる可能性が高くなります。

     

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■なぜ主語でなくて主体なのか:主語廃止論と単肢言語論

      

1 両肢言語と単肢言語

日本語に主語などないという主張が従来からなされていました。通説的な益岡隆志・田窪行則『基礎日本語文法』でも、文の要素は「述語・補足語・修飾語・主題」となっています。これらの4つを基準にすると、日本語の基礎構文を作るのは難しくなるでしょう。

河野六郎は「日本語(特質)」(『日本列島の言語』)で、英語のように[主語と述語を常に明示しなければならない言語を、仮に両肢言語とよぶ]一方、[日本語は、主語は必要に応じてしか表わさない。述語中心の単肢言語である](p.98)と書いています。

記述の原則を基準にして主語の存否が決まるという考えです。こうした河野の基準に従うと、日本語の場合、主語が常に記述される要素ではないから、主語がないことになります。日本語文法での主語概念には問題がありましたから、この方がすっきりします。

        

2 「誰について、誰に語っているかがわかる」前提

日本語の文に主語が記述されないというのは、「主語が省略されている」というのとは違うのです。千野栄一は『言語学への開かれた扉』で、[日本語はあくまでも述語だけの文が本来の姿](p.94)だと書いています。「主語の省略」ではないということです。

▼日本語で「あなたは学校に行きますか」、「はい、私は学校へ行きます」というのは正しい日本語で可能な文ではあるが、「あなたは」と「私は」が強調されている文で、「Do you go to school?」「Yes, I do.」の訳ではない。 p.93 『言語学への開かれた扉』

通常の形は、「学校に行きますか」「はい、行きます」という風になります。主語がないほうが本来の姿だということです。つまり日本語の場合、「誰について、誰に語っているかがわかる」という状況が前提となっている言語だということになります。

       

3 主体は不可欠な分析要素

伝達の効率から言えば、わかりきったことなら記述する必要がないのです。しかし文脈からわかるはずだったものが、時代とともにわかりにくくなってくることはあります。また語るべき相手が、不特定多数の人になる例も多くなってくることでしょう。

古文を読むとき、「誰が誰に語っているのか」が、わかりにくくて読むのに苦労するはずです。文脈を解釈していくと、誰が誰に語っているのかは判別できるとはいえ、もはや一般の人が、簡単にわかるものではありません。記述に工夫が必要になります。

学術的な文書やビジネス文書であるならば、語るべき相手は不特定多数を想定しておかなくてはなりません。ここでは「私」が「不特定多数」に語ることが原則になります。従来想定していた前提条件が大きく変わりました。よって日本語が変わらざるを得ません。

日本語では叙述部分が文末に置かれます。そして文末の言葉は記述されるのが原則です。文末を基礎にして、その主体が「誰・何・どこ・いつ」であるのかを明確に示すことが不可欠と言えます。つまり、文末の主体を不可欠の分析要素とすべきだということです。

      

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■岡崎久彦の代表作『二十一世紀をいかに生き抜くか』

    

1 1648年のウエストファリア条約の意義

岡崎久彦の代表作を一冊選ぶというのは無謀なことかもしれません。あくまで好みでの選択になりますが、『二十一世紀をいかに生き抜くか』を候補に挙げておきたいと思います。2012年に出版されたものです。岡崎は2014年に亡くなっています。

この本は、キッシンジャーの『外交』をテキストにして、12回の講義をしたものをまとめたものです。講義の場合、書き下ろしと違って、かすかな傷はあります。しかし規範を定立し、それを当てはめて分析し、自説を提示している部分が見事です。

岡崎は冒頭で、1648年のウエストファリア条約により国際政治が近代に入った点を指摘します。キッシンジャーも同様の考えです。宗教戦争が終わり、各国が国益増進を図って競い合う時代に入りました。そのころ日本は鎖国に入り、欧米が世界の主流になります。

     

2 経済発展の予測より大切なこと

[二十世紀に入るころから、米国が登場](p.25)してきました。20世紀末になると、ロシアに[自由民主主義の道を歩むと期待](p.27)するのが困難になります。21世紀に入り、[中央集権的政府と特権官僚の支配](p.28)する国であることが明確になったのです。

キッシンジャーは1988年、翌年、東欧が大騒動になることを予測していました。1989年には天安門事件も起きています。[天安門事件と東欧の崩壊の背後には、こうしたソ連の弱体化による世界共産主義運動の凋落という共通の原因があった](pp..30-31)のです。

しかし[その後遺症は、中国では、東欧の正反対]であり[愛国主義運動は徹底的に行われ、しかも成功している](p.31)。この時、大切なのは経済発展の予測でなく、[一党独裁のもとの中国の成長がこのまま続き]日本の脅威になる場合に備えることです(p.33)。

     

3 チャイナ包囲網の形成を予測

ジョージ・ケナンは[権力闘争の競争者たちは、支持者を得るために政治的に未熟な大衆のところまで降りて来る]可能性があるが、[共産党員は鉄の規律と服従によって支配されてきた]から、[共産党がその統一性と有効性を](p.170)失うと予測していました。

キッシンジャーが冷戦の終結について[これほど正確に予言した文書はほかにない](p.170)と絶賛するのに対し、岡崎は、ケナンの[アメリカとソ連のどちらが価値のある国か、その競争をしよう。それに勝てばよい](p.171)という主張のほうを重視します。

ソ連は崩壊しました。チャイナはどうでしょうか。共産主義体制である点は[考慮に入れなくてよくなっている](p.184)。守ろうとしているのは[党官僚支配の中央集権国家]という[中国四千年の歴史のほとんど100%を支配していた政治体制]です(p.185)。

こうした体制は[他国、他民族の脅威とはなっても、憧憬の的になりえない体制](p.185)なので、もはや冷戦にはなりません。17世紀末から18世紀初めの[ルイ十四世包囲網の時代]が来るということです(p.186)。約10年前、岡崎はこう予測していました。

       

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■なぜ目標が必要なのか:目的と手段の間をつなぐもの

     

1 目的と手段は対となる概念

目的と手段とは対になる概念だと言ってもよいでしょう。何を目的にして行動するのか、これがまず問われます。その目的を得るために、どのように行動すればよいのかを明らかにしたものが手段です。目的と手段は、原因と結果のように両者が結びついています。

目的は、客観的な存在ではありません。何をすべきか、何がしたいかというのは、当事者の思いです。したがって主観的な概念です。主観的な概念を制約する要件があるとしたら、社会性ということになります。「知りて害をなすな」という制約です。

社会が許容するもの、歓迎するものでなくてはならないという条件のもとに、目的が成立します。自分がしたいことは、社会が許容するものであるのかどうかが審査されるのです。手段も同じように、社会が許容するものであることが条件となっています。

      

2 目的は主観的・目標は客観的

目的は主観的であるのに対して、手段は客観的なものではありません。手段は合理性が必要です。合理的かどうかは、じつのところ主観的なものが具体化してこないと、わかりにくいものでしょう。実現の対象を具体化し客観化することが必要になります。

マネジメントで目標が必要なのは、手段の適切さを評価するためだと言ってもいでしょう。客観的な目標があれば、達成したかどうかが明確ですし、どのくらいの達成度なのかもわかってきます。手段の適切さの前提として、客観基準が必要になるのです。

目標は客観基準ですから、管理することができます。達成の有無と達成の程度を測るためには、測定の尺度がなくてはなりません。測定方法も標準化されている必要があります。これが出来たなら、個々の実行を目標と比較することが可能になるということです。

       

3 2種類の改善と目標

目標を管理することは、実行し、それを測定し、目標と比較することだと言えます。その結果、見えてくるのが実行の適切性です。これにより手段の適切性・合理性が判定できます。結果を客観的基準で見ると、目標とのズレによって判定が可能になるのです。

ズレ方に2種類あるのはご存知の通りです。上振れと下振れといってもよいでしょう。良いほうにブレたときにはポジティブフィードバック、悪いほうにブレたときにはネガティブフィードバックが必要です。ともに、ブレた要因はなんであるかの追求になります。

このうちネガティブフィードアップについては、畑村洋太郎の『失敗学のすすめ』がその解説になっていると言ってよいでしょう。こちらは、どちらかと言えばやりやすいことでもあります。難しいのは、成功したときの要因分析と、その分析を活かすことです。

こうやって目標管理から生まれるのが改善ということになります。改善には2種類あるということです。原因と結果を考えるよりも、客観基準に基づいて判定されるために、成果に直結した手段が生まれます。改善するためにも、客観基準たる目標が必要なのです。

     

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■日本語がグローバル化した背景:共通基盤の形成

      

1 日本がグローバルしたから、日本語がグローバル化した

日本語がグローバル化したというのは、あらゆる学問を日本語で学ぶことができるということからも裏づけることができます。こうしたことが可能な言語は、欧米語以外、ほとんどないはずです。学問で使う概念をつぎつぎに日本語化してきたからと言えます。

日本語で表現できるようにしようという意思をもって、苦労して日本語化したものです。佐藤優が『悪魔の勉強術』で言うように[知識・情報を土着化]したと言えるでしょう(p.66)。こうした延長線上に、ビジネス用語の日本語化が考えられます。

日本最大の企業であるトヨタ自動車が北米に進出したのは1986年でした。意外に最近という印象を持つ人が多いようです。実際に現地で仕事をすれば、従来の常識が通じないことが出てきます。日本がグローバルしたから、日本語がグローバル化したのでしょう。

      

2 多様性と共通基盤

岡本行夫と佐藤優の『知の超人対談』で、岡本はアメリカの強さとして「多様性」をあげています。多様性を確保するために、アメリカではどんな工夫をしているのでしょうか。[共通のプラットホーム(基盤)][ルール作り]をしているのです(p.107)。

岡本は、アメリカの多様な労働者では生産性が落ちるのではないかと、[80年代に、アメリカに在る日本の自動車工場のトップ]に聞いた話を紹介しています。ここでいうトップとは状況から言って、トヨタのケンタッキー工場のトップだった張富士夫でしょう。

▼「日本人だとみな同じように考えるから、生産ラインのどこかに不具合が起きても現場の人たちが工夫して直してしまう。ところがアメリカではそうはいかない。何が悪かったかをまず全員に知らせて、どう対応するかのマニュアルを作らなければいけない。しかし、その作業によってさらに上に積み重ねていくことができる」と。マニュアルとは結局、プラットホームのことですよ。 pp..107-108 『知の超人対談』

    

3 日本語の共通基盤化と今後の飛躍

1980年代には、まだ日本に本当の意味での業務マニュアルが、できていなかったということかもしれません。多様性を活かした共通基盤となるマニュアルが作れていなかったということになります。マニュアルの記述で苦労するのは、内容の問題が主でしょう。

文章は書かれる内容があってこそのものです。すべての学問を日本語で行えるようにするためには、使用される言葉を日本語化する必要がありました。マニュアル化のためには、共通基盤化を意識して記述しなくてはなりません。そのための格闘が必要です。

もはや日本語であらゆる種類の文章、文書が作成できるようになっています。当然、苦労する必要がなくなったわけではありません。今後もよりよい表現が可能になるように工夫する必要があります。しかし日本語が共通基盤になったことは間違いないでしょう。

そうなると、どういうルールで、どういう記述をするかが問題になります。どう書いたらよいのか、どういう記述が適切なのか、こうした点での共通基盤化とルール化が不可欠になるはずです。これから確実に飛躍する広大な分野が、残されているといえるでしょう。

      

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