■外山滋比古『アイディアのレッスン』をどう読むか

     

1 魅力的な書き出し

時間をかけて、ていねいに本を読むのがよいと思っていたが、どうもそれだけではダメだと気がついた、乱読は役に立つ…と、外山滋比古は『乱読のセレンディピティ』で書いていました。出だしから、そうかもしれないと思わせる、なかなか魅力的な本です。

『アイディアのレッスン』でも、外山は魅力的な書き出しをしています。頭を使うにも二つの使い方がある、[一つは知識を得るため、もう一つは、新しいことを考え出すための頭である。受信と発信である]とはじまり、以下のように続けました。

▼イタリアの経済学者、社会学者のパレートは、知識を習得し、これをあとで小出しにして生きていく人間のことを利子生活者と呼ぶ。それに対して新しい考えを生み出す人のことは投機家だと言っている。新しいことを考え出すのは、イチかバチかの投機のようなものだというのであろう。 (ちくま文庫 はじめに)

日本ではどうでしょうか。これまで、[堅実な利子生活者が尊重され、投機家には白い目が向けられてきた]と展開していきます。ではどうすればよいのかと思ってその先を見ると、「まずは考える」という項目が立てられていますから、見事なものです。

      

2 自分でヒントを組み合わせていく

外山は『英語青年』という雑誌の編集長をして成功した人です。『思考の整理学』という本はロングセラーとして知られます。本作りはお手のものなのでしょう。すらすら読めますし、読むうちに、外山の言いたいことが伝わってくるように組み立てられています。

しかし気をつけないと、詰めの甘い話になりかねません。『アイディアのレッスン』でも、魅力的な書き出しが展開していきます。では、自分はどうしたらよいのかということになるのですが、具体的にどうすべきかを、外山は明確に示していないのです。

数々のヒントがあります。それをどう組み合わせていくかは自分の自由です。外山は自分の考えを記していますが、しかし自らの確信を書いているわけではありません。自らの方法を示しているヤングの『アイデアのつくり方』とは別の種類の本だといえます。

     

3 私の一筆書き

論文を書くのは[アクティブに、積極的に物事を考えてい]く[創造的活動です]から、アイディアが[浮かんだらメモ]し、[一度逃すと次はないと心得て]おくべきです。そして[メモを見返す、整理することが肝要]になります。PCの利用が便利でしょう。

新しいことを考え、それを詰めていくと[頭は緊張]しますから、[緊張した思考のあと弛緩の時間を持つこと]、寝かせる時間が必要です。そのとき別の領域との[交流がアイディアを生む]例がよくあります。こうやって仮説を生み出していくのが王道でしょう。

メモなどの[素材に酵素を加えて寝かせて酒にする][酵素法は正統的なアイディアづくりの方法]ですが、時間がかかります。一方、既存のものを組み合わていく方法も使われていて、実際[発明と言われるものの多くがこのカクテル式発明]ともいえそうです。

[アナロジーはアイディアを生み出す発見の方法]であり、[既存のアイディアを背景にすえ]て、その[ヴァリエーションをつくる][換骨奪胎の手法]も大いに使える方法です。…こんなところでしょうか。如是我聞にすぎませんが、なかなか魅力的な本です。

     

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■システム化とIT人材:大前研一のブログから

     

1 システムのスペックや仕様を書くのは誰か?

大前研一のブログ「ニュースの視点」で、日本のIT人材について書いています。[本来、CIOの役割は、スタッフと協力して開発するシステムのスペックを決めて仕様に落とし込み、それをベンダーに提示すること]であるとのこと。

ところが日本の場合、[システムのスペックや仕様を書き出せるCIOが少ないので、ITベンダーやITコンサルティング会社に丸投げすることになります]と指摘しています。現在の日本では、大前が指摘する通りかもしれません。私の知る限りでも、そ通りです。

なぜ問題なのか。[このやり方を取ると、発注した側がスペックや仕様を理解して落とし込んでいないので、実際にシステムを稼働させてみたら不具合が見つかるということがよくあり]、[使い始めて数年後に不具合が発覚すること]もあるからです。

さらに[日本企業のCIOの多くは「予算だけ」は握っており、責任を追及されるため、無償で改修するようにITベンダーに要求します]。その結果、ベンダーは利益が上がらず、IT人材は報われないというのです。こうした現実があるのも確かでしょう。

    

2 業務の把握が前提

アメリカのように、[米ゴールドマンサックスなどの米金融機関では、IT人材が多数在籍し、活躍]している状態になるのが、よいのでしょうか。しかし現実は違う方向に進まざるを得ないと思います。大前の見ているのは、グローバル企業の一部であるようです。

日本の中小企業でIT人材を確保して、その人たちに[システムのスペックや仕様を書き出]してもらう必要があるでしょうか。個別企業ごとに、システムのスクラッチ開発をすることは、逆に無理や無駄があるように思います。それ以前の問題があるからです。

システム化するとき、業務に上手に組み込むには、その前提として業務を把握できていなくてはなりません。すくなくとも自社で行われている業務について、業務マニュアルが書ける程度に、業務を把握している必要があります。しかしそれが出来ていないのです。

     

3 システムを導入してから構築するモデル

現状の業務を把握したなら、実際に効果を上げるシステムをある程度考えることが出来るはずです。中小企業の場合、そんなに大規模なシステム化は必要ありませんし、現実としてシステム化が遅れています。こういうとき、シンプルなシステムの方が効果的です。

大前は[使い始めて数年後に不具合が発覚すること]と書いていますが、使ってみると、不具合でなくても、使い勝手が悪かったり、必要ない機能がたくさんついていたりということがよくあります。改善を進める企業ほど、変更したくなりがちです。

いまシステムの専門家たちと、先にシンプルで汎用的なシステムを導入してから、そのあとで、構築していくモデルを詰めています。日本の組織の場合、システムを使ううちに、あれこれわかってくることが多いはずです。ならば導入してから構築がよいでしょう。

シンプルで汎用性のあるシステムが、大幅に変更・改修できるなら、中小企業では、現在よりも効率的なシステム導入が出来るはずです。業務の把握は、システムの構築に先立ちます。日本の場合、IT人材の確保以前に、業務の把握がなされるべきだと思うのです。

    

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■乱読の条件:外山滋比古『乱読のセレンディピティ』をめぐって

   

1 乱読に転向するきっかけ

外山滋比古に『乱読のセレンディピティ』という本があります。[本はナメるように読むのがよい][難しい本を、じっくり、丁寧に読む。なんなら、二度読み返すくらいにするのがためになる、そう思っていた]と文庫版のはしがきに書いています。

過去形で書かれていますから、もはや違う考えであるということです。[それが、いつの間にか、ゆらぎだした]とのこと。[転向のきっかけがある]と書いています。大学の卒業論文を書かせていたころの経験が、考えを変えさせることにつながったようです。

まじめな学生が、つまらないレポートを書いてきた、何だか引き写しのようである。それに対して、[好きな本を読んでいる学生が、ときとして、生き生きとした、おもしろいモノを書いた]という。外山は[乱読がおもしろい]と身に染みて感じたようです。

      

2 乱読の効果を上げる条件

しかし外山は重要なことを付け加えていました。学生が書いた[おもしろいモノ]とは、[論文とは言えないにしても、自分の考えたことが出ている]ものでした。素人あつかいしている学生レポートについての、よりましな方のレポートを見ての発言でした。

[よく勉強する、まじめな学生]でも、本を引き写すことが[知的正直にもとるという自覚すらないのだからあわれである]と書いています。まじめでも優秀とは認めていません。外山は、あまり出来のよくない学生を比較して、乱読の価値に気づいたのでした。

しかし論文になるレベルのものを書こうとしたら、基本的な専門書を、きっちり読む訓練が必要です。外山自身この本で、[読むのは、複雑な知的作業であるから、自然に読めるようになるということはまずありえない]と書いています。

複雑な知的作業ができる人なら、その後の乱読は生きてくるというのが、外山の本来の言いたかったことだろうと思います。乱読する人は、何らかのヒントを求めて、それを見つけるように読むのがふつうかもしれません。乱読の効用を知る人は少なくないはずです。

      

3 セレンディピティとストロング

外山は『乱読のセレンディピティ』のあとがきで、外国語で読書するときに、よく読めないことがあって、[正しく読みとることは困難だと悟ったが、それと同時にそういう間違いだらけの読みが思いもよらない発見をもたらすことに気づいた]と記しています。

何かを得ようとして、対象に向きあうことによって、何かを得ることができるということは、ありうることのように思います。外山はそれを[セレンディピティのように思った]と書きました。偶然によって、予想もしない幸運をつかむこと…といえそうです。

ハロルド・ブルームは、何かを得ようとして、対象を読み取っていくと、どうしても対象の誤読が生じることになると指摘していました。対象はきっかけであって、その先が目的です。ブルーム流にいえば、ストロングな読書という言い方になります。

外山の場合、[スピードを上げないと、本当の読みにならない][のろのろしていては生きた意味を汲みとることはおぼつかない]と考えます。その結果、乱読になるというロジックが働いているようです。外山の本には、たくさんのヒントが散らばっています。

      

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■規範文法の評価について:北原保雄『日本語文法』

     

1 日本語文法の基本書

現代の日本語の書き言葉である「文章日本語」が成立した時期は、司馬遼太郎の見立てでは、だいたい1980年頃ということになります。これは『司馬遼太郎全講演』[2]に所収されている3の日本語をテーマにした講演録を見れば、確認できるはずです。

それでは1980年以降の現代日本語の文法書はどうなっているのでしょうか。定番と言える本はないようです。定番でなくても、基本書というべき本なら、あるかもしれません。その第一候補は1981年刊の北原保雄『日本語の世界6(日本語の文法)』でしょう。

この本は、1989年にまとめられた『日本列島の言語』の「日本語(現代 文法)」で、執筆者の寺村秀夫が参考文献にあげたもののうち、1980年以降では唯一の文法書でした。1983年刊『スタンダード英語講座[2] 日本文の翻訳』でも、安西徹雄が言及しています。

▼日本語特有の発想法の体系が、今では次第に明確に理論化されようとしている。その現況を手短かに知るには、例えば北原保雄氏の『日本語文法』(昭和56年、中央公論社、「日本語の世界」第6巻)などが参考になる。特にこの本は、一種の文法論史としての性格も備えているので、日本文法研究の過去と現在を知ろうとする者にとっては、役に立つ。

    

2 文法とはどんなものであるか

北原は初めに、文法とはどんなものであるかを問うています。しかし、その定義はなされていません。ただ、[文法の勉強をして、なるほど日本語にもこんなにすばらしいきまりがあったのかと]という言い方がありますので、文のきまりのことなのでしょう。

清水幾太郎の『論文の書き方』を引用したうえで、そこで使われた[文章を論理的に構成するための基礎的ルール、論理的思惟の基礎的ルール]という言い方を引き継ぎました。それを[文章の理解や表現のための基礎的ルール]と言い換えています。

文法とは文章の基礎的ルールなのでしょう。その文法は[規範文法と記述文法とに分けることができる]。北原は「みたく」という言い方を例に両者を論じて、[ことばをありのままに、このようであると記述する文法]である記述文法をよしとしています。

     

3 ビジネスや学術論文で使うべき文章であるか

規範文法で問題なのは、[規範性の程度には差がある]という点であって、「それはどこで決まるのか」と北原は問います。規範を勝手に決めるなということでしょう。それでは司馬が言った「共通文章日本語」との関係はどうなるでしょうか。北原は言います。

▼これが正しいとか、これはあやまりであるというようなことをいうのではなく、ありのままに記述するのである。「みたく」が現に通用しているのであれば、「みたいに」が本来的には正しい形であるとしても、「みたく」は「みたい」の連用形として記述されるのである。

どうやら北原は、[正しい]かどうかでなく、[通用している]かどうかで決めているようです。ここでいう[通用している]とはどんな状態を言うのでしょうか。[正しいと認められる度合い、つまり規範性の程度には差がある]との言がそのまま当てはまります。

[正しい]が相対的であるのと同様、[通用している]というのも相対的でしょう。これでは役に立たないのです。ビジネスや学術論文で使うべきであるかどうか、それを規範にして文章を論じなくては意味がありません。北原の本は批判的に読むべき基本書です。

      

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■「共通の日本語」「文章日本語」の成立時期:司馬遼太郎の見解

    

1 大切なテーマだった日本語

朝日文庫版の『司馬遼太郎全講演』[2] には、1975年から1984年までの10年間の講演が載っています。目次をみていたら、面白いことに気づきました。最初の講演が「週刊誌と日本語」で、間に「文章日本語の成立」があり、最後が「日本の文章を作った人々」です。

18の講演録を収めるうち、1975年、1982年、1984年と3回、日本語を正面から取り上げています。「週刊誌と日本語」で言及されている桑原武夫との対話は、おそらく1971年の「“人工日本語”の功罪について」(『日本人を考える』などに所収)のことでしょう。

司馬遼太郎は、戦後の日本語が変わってきていることに気づいていました。それがどんな現象であるのか、ずっと考えていたようです。1984年講演の最後を[日本語について、このごろようやくまとまりつつある考えを聞いていただきました]と締めくくっています。

司馬にとっても、日本語は大切なテーマだったのは間違いありません。まさに現在進行形の問題だったようです。1971年の対談で悲観的な司馬に対して桑原武夫は、[司馬さんが亡くなる時代には、日本語がもっとよくなる可能性はあると思います]と語っています。

      

2 日本語をみんなで作りつつあった1970年代

司馬は日本語について、1971年の対談では悲観的でした。[日本語というか、日本語表現の場所は、もうどうしようもないものがあるかもしれない]と語っています。少なくとも、この時点では、まだ日本語は十分に完成されていないという認識がありました。

桑原が、日本語は[知的に動かすような構造をまだ持っていませんね]というのに対しても、[持っていません]と答えています。[新聞の社説は日本語の担い手として、もっと意欲的であったほうがいいように思います]とも、司馬は語っていました。

同時にこの対談で、司馬は[ひとつのセンテンスが一つの意味しか背負っていない文章]が成立して、[新しい文章がでてきた]のを感じ取っています。桑原は[一種の機能主義的な文章ですね。いまの日本語は、もうそういうところへ来ている]と答えています。

1971年の対談は刺激的だったようです。1975年講演でも、桑原武夫の話に言及しています。そして[共通の日本語というものを、国語の先生も、作家も、ジャーナリストも、みんなでつくりつつあるというのが、いまの私の認識であります]と語っていました。

      

3 文章日本語の成立時期

司馬の見解は、1982年になると変化しています。この年の講演[文章日本語の成立]で、[「文章日本語の成立」というたいそうな題であります。もうちょっと説明的に言いますと、共通文章日本語の成立と言いたいところでして]と語り始めるのです。

▼共通語ができあがると、だれでも自分の感情、もしくは個人的な主張というものを文章にすることができる。文章にしなくとも、明治以前の日本人と違って、長しゃべりをすることが出来る。そういうようなスタイルが、共有のものとして、ほぼわれわれの文化の中には成熟したのだろうという、生態的なお話を今日は聞いていただいたわけであります。

これは1982年講演の締めくくりの言葉です。1975年講演で、共通の日本語を[作りつつある]という認識だったものが、[ほぼわれわれの文化の中には成熟した]という認識に変わっています。司馬は1975年以降、この1982年講演のころまでに変化を感じたのです。

1984年講演[日本の文章を作った人々]では、「文章日本語」が成立しているという前提で語っています。[このごろようやくまとまりつつある考え]とは、もはや書く側の問題だということです。司馬は1980年頃、日本語の文章が成立したと考えたのでした。

     

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■小林秀雄の弱点を突いた米長邦雄:『碁敵が泣いて口惜しがる本』

    

1 小林秀雄『私の人生観』から

米長邦雄はプロの棋士として、実戦の経験から自分の考えをいくつかの著作にまとめています。『碁敵が泣いて口惜しがる本』で、小林秀雄のヒラメキに関する考えを取り上げて、意義を唱えています。以下の文章についてのことです。

▼たとえば碁打ちの上手が、何時間も、生き生きと考えることが出来るのは、一つ或は若干の着手をまず発見しているからだ。発見しているから、これを実地についてたしかめる読みというものが可能なのだ。人々は普通、これを逆に考えがちだ。読みという分析から、着手という発見に至ると考えるが、そんな不自然な心の動き方はありはしない。ありそうな気がするだけです。それが、下手の考え休むに似たり、という言葉の真意である。(『私の人生観』)

小林も、碁や将棋をやる当事者が、自分の文章を否定してくるとは思わなかったかもしれません。小林は痛いところを突かれました。米長は[半分は賛成しますが、あとの半分は賛成しかねます]と言います。ところが、半分が否定されると全面否定になるのです。

将棋でも碁でも、[一流と呼ばれる人たちは、ある局面で何を考えているかというと、そのとき第一感でひらめいた手を確認しているのです]。[小林秀雄の指摘通り、だいたいは第一感で数手に絞られます]と賛成しています。問題はここからです。

     

2 トッププロになった人の現実

米長が問題にするのは、[読みという分析から、着手という発見に至ると考える]ことが[不自然]であり、そんな[心の動き方はありはしない]と言えるのかということです。そんなことをするのは無駄であって、[ヘタな考え休むに似たり]なのでしょうか。

米長は、[トッププロなら、だれでも最初から“若干の着手”がひらめくのかというと、そんなことはありません]と、実践者の現実を語ります。自分もそうであったし、他のトッププロも、そんなことはなかったということです。まず事実の認識が違っています。

[若いころはさまざまな着手がワーッと頭の中に広がって、どれが最善手なのか思いつきもしません]。それでも一生懸命に読んで、[一時間もかかって、ようやくくこれが最善手であろうという自分なりの結論を出します]。しかし、これが大外れの手なのです。 

      

3 完成品から発想することのリスク

では、[一生懸命に読んでいたその一時間というのは無駄だったのかというと、決してそんなことはありません]と米長は言います。自分で[考えたという事実、これは何にも代えがたいもの]です。解答を見て感心して、覚えても[力は全くつきません]。

米長は言います。[小林秀雄の論ずるところの「下手の考え休むに似たり」の、その「下手の考え」をいかに多く、そして長く続けられるかが、一流になれるかどうかの岐路なのです]。小林の言う通りしていたら、トッププロにはなれないということになります。

▼小林秀雄という人は、思想家であり、評論家ではありますが、けっして実践家ではありません。将棋についても、小説についても、美術にしても、常に完成された作品に対して論評しているのであって、完成するまでに棋士や画家たちが、どんなに「下手の考え」を繰り返しているか、ということについては、やはり思い到っていないような気がします。 『碁敵が泣いて口惜しがる本』

何かを自分でつくり出したり、能力を身につけて勝負する人なら、完成品から物事を見てはいけないということです。[自分の頭脳に汗をかかせることなしに、第一感で最善手が閃く便利な方法なんて、どこにも存在しないのです]と米長は主張しています。

      

     

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■「誰に・何を・どのように」:マーケティングの基本

     

1 プロのシンプルな考え方

マーケティングの基本について、新入社員向けに資料を作ったものがありましたので、HPのトップに載せておきました。少し前に作ったものですが、スライドだけではわかりにくいと思って、ささやかな説明を加えたものです。今回、すこし改訂しました。

こういう資料を作るようになったきっかけがあります。マーケティングの本を読んでも、よくわからないという感覚がありました。どんな本をお読みになったのか知りませんが、何人かの人たちから、どう考えても読み間違っているとしか思えない話も聞きました。

マーケティングの本は厚めですし、何となく読み間違いをする人が多いように感じましたし、自分自身でも、しっくりきていませんでした。そんなとき運よく、業界でも知られたマーケティングの専門家から、かなりの長時間にわたってお話をお聞きできました。

そのときのお話が非常に印象的だったので、以前、ブログにもちらっと書きました。お話を聞きながら、「やっぱりこういうことだったか」と思ったものです。とても安心しました。本物のプロは、すごくシンプルに考えているということがわかったからです。

      

2 Who/What/How:誰に・何を・どのように

2016年に【Who/What/How:誰に・何を・どのように…のシンプルで強力な戦略手法】という題名でブログを書いています。ただし、お話をお聞ききしたのは、もう少し前のことでした。「Who/What/How:誰に・何を・どのように」で考えるというのがポイントです。

このブログには書いていませんでしたが、じつはこの手法には、大切なコツがありました。「誰に」をまず最初に考えること、その次に「何を」を考え、最後に「どのように」を考えるという教えでした。この順番が大切だということだったのです。

「誰に」から考えなくてはいけない…というほど、厳格なことではありませんが、「誰に」から考えていくのが基本だ、というお話をしてくださいました。ドラッカーにも、顧客からスタートする発想がありますから、そんなに違和感のある話ではないでしょう。

     

3 「誰に」から考える基本

よほど印象的だったのでしょう。お話を聞いたその直後から、まず「誰に対して働きかけようとしているのか」を考えるようになりました。もしかしたら、漠然とそうしていたのかもしれませんが、あれ以来、意識して「誰」から考えるようになっています。

誰に対してというイメージが出来てくると、その次の「何を提供しようか」を考えるときのヒントになるのです。「誰に」が呼び水になって、「何を」が思いつきやすくなります。そうして「何を」が明確になってきたら、その先に進んでいけるのです。

「誰に向けて、こういうモノやサービスを提供する」というのは基本構想といえます。「どのように提供したらよいか」というのは戦術です。実現する方法、手段といえます。別の観点から言えば、現実化するに足るものでなくては、戦術は意味がありません。

こうした基本的なことを、資料の方には、もう少し詳しく書いておきました。ご興味あるようでしたら、ブログとともにご覧いただくと、参考になるかもしれません。ささやかなアイデアのいくつかは、この方法で生まれたものです。私にとっての基本といえます。

     

     

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■システムの導入に先立つもの:小さな組織のシステム化事例再論

    

1 どんなシステムを導入したのか

システムの専門家とお会いした時、先日ご紹介した魚屋さんのIT化の話について、いい話ですねとおっしゃっていただきました。PRESIDENT Onlineに載った記事「魚屋の跡取り娘が強行した現場のすごいDX 2店舗から12店舗に急拡大」のことです。

題名に「すごいDX」とありますが、記事には、どんなシステムを導入したのかが書かれていません。よい機会でしたので専門家に、この記事を読んで導入されたシステムが、だいたいどんなものであるか、想像がつきますかとお聞きしてみました。

当然、おおよその概要はわかるとのこと。ではご自身の会社で対応できるでしょうかと、確認してみると、いやあ…とても無理ですというお答えでした。導入されたシステムはシンプルなものに違いありません。そうなると規模が小さすぎて、対応できないのです。

     

2 小さなシステムで十分だという見極め

システムを導入して成功したというケースを考えると、どうしても高性能のものを想像しがちです。そのシステムを使った快適な仕事を思い浮かべるかもしれません。ただしコストを考えると、とてもじゃないが導入できないという結論になるのが通例でしょう。

しかし業務の面から見ると、シンプルで小さなシステムで十分なことがよくあります。業務の把握が出来ていて、小さなシステムで十分だという、見極めがつくということが重要なポイントです。魚屋さんのIT化の事例でも、業務の把握が先でした。

業務を把握し、整理できたら、どんな機能が必要だと言えます。そうなればシステム化は成功するはずです。記事の事例でも、シンプルなシステムですから、導入にともなうシステム面でのトラブルはなかったと思われます。記事にもそうした記述はありません。

      

3 システム化に向いた領域の発見

業務の整備をして、現状の問題点が見えてきたら、おのずからシステム化の領域が絞られてきます。すべてをシステム化する必要はありません。先の記事にあった魚屋さんで、何が行われたのかを確認してみましょう。けしてシステム化ありきではなかったのです。

記事によると、跡取り娘の森朝奈さんが行ったことは、[ホームページや店舗のメニューデザインのリニューアル、会社ロゴの作成、スタッフに向けた行動指標の制定、就業規則の整備など]でした。会社のブランド化と、ルールの整備を重視しています。

「父がいないと回らない」状況を解消する際、最初に手をつけた受発注の業務は、システム化に向いた領域でした。一方、デザインの見直しやロゴの作成はシステムに直接関わる領域ではありません。行動指針や規則の整備は、完全に業務構築の領域です。

システム化に向いた領域が、システム化されずにいる場合、たいていシンプルなシステムを導入するだけで、大きな成果を上げるようになります。そのために業務全体の把握が不可欠です。業務を把握して、システム化に向いた領域を発見することが鍵になります。

       

*PRESIDENT Onlineに載った記事
「魚屋の跡取り娘が強行した現場のすごいDX 2店舗から12店舗に急拡大」

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■自国語への劣等感と自信:大野晋の心配と日本語の文法

     

1 フリードリッヒ大王の檄文

村上陽一郎が『やりなおし教養講座』で、[ドイツ語圏では、特に知識人の間では、自分たちの自然の言語はむしろ蔑まれてい]て、[ドイツ語圏では長い間、知識人の使う言葉はドイツ語ではなかったんですよ。フランス語だったんです]と指摘しています。

ドイツでは[十八世紀の終わり近くまで]フランス語を使っていました。[カントは十八世紀の後半に活躍したけれど、彼は哲学をドイツ語で書いたきわめて初期の人]ということです。そこで、村上は[私の大好きなエピソード]を語っています。

[プロイセンのフリードリッヒ大王が十八世紀の七十年代ぐらいに、大檄文を一つ書いたんですよ。「ドイツ語文学よ、起これ」という檄文]。当時、ドイツにはフランスのように悲劇のラシーヌや、喜劇のモリエールのような作家はいませんでした。

[ちょうどそのころシラーが、『群盗』という劇の形をした作品を発表し、ゲーテも『若きウェルテルの悩み』を発表し始めたころ]でした。しかし[大王はまだそれを知らな]くて、[檄文を大王はフランス語で書いて]添削してもらった上で、配りました。

      

2 必要なかった大王の檄文

ヨーロッパでは、フランスが先進国だったため、フランス語がすぐれた言語だという考えがあったようです。ルイ14世の在位は、1643年から1715年でした。1635年には、フランス語を純化・統一するためのアカデミー・フランセーズが設立されています。

英語が後進的だという意識がイギリスにもあったようです。『ガリバー旅行記』を書いたスウィフトは、フランスのようなアカデミーをつくるべしと[一番強く主張した中心人物の一人]だったとのこと。『アングロサクソンと日本人』で渡部昇一が語っています。

『ガリバー旅行記』は、1726年に初版がでました。それから数十年で、[イギリス人のフランスに対する劣等感が消え]ています。1750年頃には[イギリスが世界一の金持ちになっていて、フランスに対して優越感を持てるようになった]というのが渡部の指摘です。

ドイツでも、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』がドイツ語で書かれて、刊行されたのが1774年でした。ドイツだけでなく、ヨーロッパ中で評判になっています。この頃、ゲーテは『ファウスト』にも着手したとのこと。大王の檄文は必要なかったのです。

     

3 日本語文法が整備される基礎条件

日本語に関しても、似たところがあるのかもしれません。第二次大戦前、大野晋はドイツ語で読んだ『ファウスト』に圧倒されて、日本語は負けていると感じています。『日本語はいかにして成立したか』で、大野本人が書いていることでした。

▼私は明らかに知りたかった。日本はヨーロッパのもつ何を欠くがゆえに、ヨーロッパをこのように追いかけなければならないのか。日本がヨーロッパに及ばないのは何故なのか。ことによるとそれは、日本語と言う言語がヨーロッパのような思考と表現の厳密さや精確さにたえない言語だからではないか。

私たちは、なかなか大野のような気持ちにはなりません。曰く、[日本語の音節の構造、その配列、文法上の語順の規則-それらはドイツ語の韻文に見られる美しい技巧、力強いリズムと脚韻の旋律とを阻んでいる][私はくち惜しく反芻した]とのこと。

現代では、日本語自体を心配する人はまれです。日本語の不備を心配しながら、文法の整備をすることなど、うまくいくはずありません。ヨーロッパ諸国から比べると、ずいぶん遅い感じはしますが、やっと日本語の文法が整備される基礎条件が整ったと思います。

     

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■小さな組織のシステム化事例:PRESIDENT Onlineの記事から

     

1 魚屋のシステム化事例

PRESIDENT Onlineの記事「「父と大ゲンカ勃発」楽天出身、魚屋の跡取り娘が強行した現場のすごいDX 2店舗から12店舗に急拡大」(2021/06/24)は、とても興味深い内容でした。魚屋さんの娘さんが行ったシステム化は、王道を行く方法を採っています。

大学を出てから楽天で働き、その後、実家の魚屋さんで仕事を始めた森朝奈さんの実践したシステム化の話です。詳細は、どうぞ記事をご覧ください。ここでは、何がシステム化をするときのポイントになるのかということだけ、記しておきたいと思います。

まずは、ケンカをしても仲の良い父娘という関係であったことがあげられます。これは一般化できるものではありません。たいてい圧倒的な人の場合、従来からのやり方をシステム化することに抵抗します。このストーリーでは、ここは例外です。

     

2 「何がなされているか、どこをシステム化するか」

もし小さな組織が、そろそろ属人的なやり方では限界だと思ったとき、どうしたらよいのか。その点について、先の記事は役立ちます。この娘さんは、どうやってシステム化したらよいのか、最初からよくわかっていたようです。見事というしかありません。

仕切っている人がいなくなったら、仕事が回らなくなる組織では、その人の[指導がなければ、どこに何があるのか、どこにどうやって発注をかけるのかさえわからない]状態でしょう。最初に[社内でどんな仕事をしているのかを明らかにする]必要があります。

第一段階としてなすべきことは、「組織で何がなされているかを明確にすること」です。各業務を深堀りするよりも、項目をあげていく感じでしょうか。それが明らかになるにつれて、属人化の領域が見えてくるはずです。そこに焦点を当てていくことになります。

第二段階としてなすべきことは、「属人化領域を発見し、システム化する領域を絞り込むこと」です。記事にも、[そんな中で朝奈さんが最初に手を付けるべきと感じたのが、受発注だった]とあります。この方はわかっているのです。きちんと絞り込んでいます。

     

3 システム化の成果を活かす

領域が決まれば、システム化を進めていくことになります。何をすればよいのでしょうか。[それまで社長の頭の中にあったノウハウや知識を、仕組み化して共有すること]と記事にあります。仕組みがどういうものであるのかを、標準化していくのです。

業務を標準化することできたなら、ここからはシステムの専門家にお願いすることになります。プロでなくては、ここはうまくいきません。しかし、いくらシステムのプロであっても、業務が標準化できていなかったら、システム化は成功しないでしょう。

第三段階としてなすべきことは、「業務を標準化して、システム化を進めること」です。第二段階で絞り込んだ領域が正しいかどうかは、システム化によって成果が上がるかどうかで決まります。最初に成果が上がる領域を選べるかどうかがポイントでしょう。

第四段階としてなすべきことは、「省力化した分を他の分野に振り向ける」ことです。[業務が効率化しただけでなく、ほかの社員に仕事を任せられるようになった]ため、[2店舗だった居酒屋などの店舗数を、12店にまで増やすこと]ができました。

*PRESIDENT Online (2021/06/24)
「父と大ゲンカ勃発」楽天出身、魚屋の跡取り娘が強行した現場のすごいDX 2店舗から12店舗に急拡大 

     

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