■暗黙知を形式知にするという誤解:塚原仲晃『脳の可塑性と記憶』を参考に

 

1 変更された暗黙知の概念

暗黙知を形式知にという言い方がなされます。暗黙知というのは、言葉にできない知識のことです。たとえば自転車に乗れる人なら、10年間自転車に乗らないでいても、すぐに乗れるようになるはずです。しかし、自転車の乗り方を説明するのは難しいでしょう。

言葉で理解したものを行動に移すのではなく、言葉を介在させずに行動の反復を通じて習得する能力・知識が暗黙知であると言えます。したがって、暗黙知を言葉にして「形式知」化することなどできません。暗黙知の概念を変更しない限り、不可能です。

暗黙知を形式知に変えたといわれる事例は、無意識のうちに行っていたことを取り出して、同じ機能をもつ形式に変換することのように思われます。このこと自体、意味のあることです。しかし暗黙知ではありません。こうした用語の使い方には問題があります。

 

2 本来の暗黙知の概念が重要

概念を明確化して、知識として使える形式に言語化することは必要不可欠なことです。「見える化」というのはこのことだろうと思います。ところがこうしたものに「暗黙知」という名前をつけてしまったなら、暗黙知の概念がどこかに追いやられてしまいます。

たとえば障碍者の会で、効果的なリハビリテーションの方法を考えていたとき、本来の意味での暗黙知をどう利用するかは、重要なポイントになっていました。このことは、脳の可塑性と関連してきます。ここでいう可塑性とは、機能的な回復のことです。

手や脚を動かす場合に限らず言葉の訓練でも、機能的な回復を果たすために繰り返し練習して、体が覚える状態になることが重要です。たとえば短文を繰り返し発声して、音読ができるようになると、語句の意味まで理解できるようになってくる事例があります。

 

3 頭の記憶と体の記憶

脳の可塑性を考えるときに、いつもその基礎になる本のことを思い出します。塚原仲晃の『脳の可塑性と記憶』です。残念な思いで、この本を読みます。未完の書です。著者は御巣鷹山に墜落した日航ジャンボ機に乗り合わせていました。1987年の出版です。

かつての指導者だった伊藤正男が「読者の方へ」という文を書いています。記憶には<見たもの聞いたものを覚える「頭の記憶(認知性記憶)」と、練習して身につける「体の記憶(運動性記憶)」の二種類がある>。暗黙知とは「体の記憶」に当たるものでしょう。

この二つが脳の違う場所で営まれているという認識は比較的最近のものである。「頭の記憶」は大脳で営まれ、中でも海馬は重要な役割を果たすが、「体の記憶」は小脳や脳幹で営まれる。鳥に特徴的な「刷り込み」現象は「頭の記憶」の一種であろうし、一方「条件反射」は「体の記憶」に入る。

一度自転車に乗れた人でも、自転車がなければ自転車に乗れません。発声できるからこそ、意味が頭に浮かんでくるのかもしれない、そうなると意味の理解には条件反射が関わってくるのだろうか…などと思いながら、訓練法を工夫していたことを思い出します。

 

4 役に立つ塚原仲晃・松本元の著作

暗黙知という用語があるために、形式知化できないものを形式知化しようとしてみたり、形式知化できたと誤解することが起こっているように思います。そのときノウハウという語句がしばしば絡んできます。ノウハウの継承という言葉をお聞きになるでしょう。

体の記憶の場合、体の記憶を身につけるための方法を継承する必要があります。体の記憶があるがために成し得ていることを、言葉にしようとしても無理なことです。それよりも学習のプログラムを作るべきでしょう。意味があるのは練習方法の言語化です。

伊藤は、塚原のシナプス「発芽」に対する功績が、<大きく斬新なものであった>こと、<特に脳に損傷を与えないで発芽を起こさせることに成功したことはそれまでの常識を大きく打ち破るものであった>と評価しています。その内容は4章に記述されています。

用語やスローガンが一人歩きし、それをおそるべき解釈でまとめ上げる事例がしばしば見られます。害あるのみでしょう。効果的なOJTが必要となり、実践が重視されようになっているときに、本当に役に立つのは、塚原仲晃や松本元の著作だろうと思います。

 

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