■日本語文法の主流だった寺村秀夫:優れた教育者

        

1 優れた教育者だった寺村秀夫

日本語の文法のことで、少し調べていたときに、なかなか面白い話がありました。寺村秀夫という日本語文法に関する代表的な学者についての記述です。『岩波講座 言語の科学5 文法』の第4章にありました。執筆者は金水敏(キンスイ・サトシ)、1997年に出た本です。

[今、日本語の文法研究において、(数の上で)主流を占めつつあるのは、寺村秀夫の影響を直接・間接に受けた研究者による現代日本語の記述文法である](p.123)とあります。いまは、どうなっているのでしょうか。いまだに主流のような気もします。

さらに[寺村は教育者として優れた資質を持っていたので、彼が教鞭をとった大阪外国語大学、筑波大学、大阪大学で優秀な研究者が育った](p.123)ということです。寺村は61歳で亡くなっています。『日本語のシンタクスと意味』は完結しませんでした。

      

2 学校文法を軽視

金水は、寺村文法理論の特徴を2つにまとめています。一つは、[アメリカ構造主義言語学、特にS.Martin, B.Bloch などの日本語の記述文法に直接影響を受け、初期の生成文法やC.J.Fillmoreの格文法などをも取り入れている](p.123)ということです。

二つ目は、[日本語教育と関連が深い(寺村自身、一時期日本語教育をしていた)。そのため、現代日本語(標準語)の細部にわたる具体的な記述を重んじ、理論的考察は背景的にしか扱わなかった](p.123)のでした。伝統的な文法とは、ほとんど縁がありません。

教え子やその教え子の多くが、外国人に日本語を教える日本語教師になっています。彼らが[「国文法」、とりわけ学校文法を軽視するのは、何よりもまずそれが日本語教育に直接的には役に立たないからである](p.124)とのことです。これは何となくわかります。

      

3 基礎にすべきは河野六郎「日本語 特質」

寺村の教育者としての資質のおかげで、寺村の日本語文法は主流派になりました。従来の文法が日本語の読み書きにあまり役立たないのは確かでしょう。では、寺村たちの日本語文法は、日本語の読み書きをする日本人に役立つのでしょうか。このあたりは微妙です。

寺村は自分の日本語文法の概略を『日本列島の言語』の「日本語(現代 文法)」に記しています。二段組の本で17頁ほどの分量ですから、普通の本で言うとせいぜい50頁程度のものです。しかし、このくらいあれば、ある程度、書きたいことは書けたでしょう。

1989年に出された本の原稿ですから、1990年2月に亡くなった寺村の最晩年の文章と言えます。これを読めば、ひとまず寺村文法の骨格、概略はわかるはずです。では、これが日本人が日本語を読み書きするときに役立つでしょうか。私は、そうは思いません。

この文章からは、日本語の構造がどうなっていて、何を意識したらよいのかといったことは、わからないままです。ここから新たな文法の発展があるとは思えません。一方、同じ本にある河野六郎「日本語 特質」は優れた論考です。こちらを基礎にすべきでしょう。