■マネジメントの転換後の教科書:ジョアン・マグレッタ『なぜマネジメントなのか』
1 ドラッカーの推薦文
ジョアン・マグレッタの『なぜマネジメントなのか』は2001年に出版されました。もはや図書館にも置かれてないような本になっています。しかし、もしかしたら、いまから読んで、何かを感じさせる本かもしれません。ドラッカーが、扉に推薦文を書いています。
▼本書はマネジャーでない人、特にビギナー向けの入門書として最適である。と同時に、企業や非営利団体の経験豊富なエグゼクティブにとっても、洗練された完璧かつ総合的な「再教育講座」として卓越している。マネジメント書の多くは単に手段を説いているが、本書は「マネジメントの務め」を描いた、非常に読みやすい一冊である。
ドラッカー推薦の本ですから、マネジメントの入門書として、悪くない本に違いありません。ドラッカーの本と親和性があることも間違いないでしょう。著者自身がその影響が濃くあると書いています。しかし、別な面から、この本の内容が気になりました。
2 「マネジャー」という言葉
1980年代、世界で最も尊敬された経営者だったジャック・ウェルチは、[意図的に「マネジャー」という呼称を拒否した]のです。[管理と官僚主義の匂い]がありました。代わりに、[彼の「リーダー」という呼びかけは、直ちに共感を呼んだ]のです(p.21)。
ドラッカーも[「マネジャー」という呼称から撤退し、代わりに「エグゼクティブ」という言葉を使い始め]ました(p.21)。その後、「エグゼクティブ」という言葉は広がらず、「リーダー」に収斂していきます。そして「マネジャー」という言い方は廃れました。
マネジャーという言葉には、人を管理するイメージがあります。本来は、目標を管理するのがマネジャーの役割です。目標という客観的な水準だからこそ、管理ができます。人を管理することはできません。誤ったメッセージを与えるリスクがありました。
3 マネジメントの転換後の入門書
ドラッカーの推薦文を見ると、「マネジャーでない人、特にビギナー向けの入門書」とあると同時に、「経験豊富なエグゼクティブ」という言い方もしています。マネジャーという用語は、いまでも伝わりますし、管理部門という日本語に相当しそうです。
管理者とか管理職という日本語が廃れていき、管理部門という言葉が生き残っています。目標管理が必要なことも間違いありません。どうやらマネジャーという言葉も、主役の座からは降りたものの、ニュアンスが変わりながら、消えることはなさそうです。
ドラッカーのマネジメントの主著は、マネジャーという言葉が主役の座にいた時代のものでした。1980年代以降、マネジメント、経営学が大きく変わっていき、そういう転換点を過ぎた後の、その初期に書かれた入門書が『なぜマネジメントなのか』だったようです。
統計学に基づいた演繹的な経営理論が全盛になる前の、哲学の要素をまだ多分に残している時代のマネジメントの教科書でした。記述を見ると、いまとなっては冗長な感じがします。しかし読みだすと、こちらの方にエッセンスがあるという気がしてきました。
