■詩人の言葉と文法用語と基本構文

      

1 阪田寛夫の「練習問題」

茨木のり子の『詩のこころを読む』には、素晴らしい詩が集められています。教科書に載っていない、あまり知られていない詩人のものが多いかもしれません。背表紙には、「いい詩には、ひとの心を解き放ってくれる力があります」とあります。

阪田寛夫の「練習問題」もこの本にありました。第二連はこんな風。[「ぼく」は主語です/「好き」は述語です/「だれそれ」は補語です/ぼくは だれそれが 好き/ぼくは だれそれを 好き/どの言い方でもかまいません/でもそのひとの名は/言えない]

文法用語が入っているのに、なぜか違和感なく詩になっています。主語・述語と補語なら、英語の5文型でなじみの用語でしょう。「ぼくは だれそれが 好き」と「ぼくは だれそれを 好き」を並べて、どちらも伝わるのにニュアンスの違いを感じさせます。

     

2 英語と日本語の文の中核

詩人の並べた2例文は3種類の成分からなる、同型の文と言ってよいでしょう。ニュアンスの違いを出しているのは、助詞「が/を」の違いです。英語の5文型を構成するのは「S/V/O/C」の4つの要素でした。これらで基本構文の形が決まります。

英語ならば、【S+V】+[O/C]といった感じの構造です。重心は文の前にあります。【S+V】のあとに、単一の要素しかなかったら不十分でしょう。一方、日本語ならば、中核となるのが文末であって重心は後、その前に複数の要素が並ぶ構造です。

英語が両肢言語だとすると、日本語は単肢言語になります。文末の前に置かれる要素は2種類、阪田の使った用語で言えば「主語」「補語」で、事足りることでしょう。[S/C]+【文末】といった感じの構造です。ここに助詞の機能が加わります。

     

3 詩の言葉、詩人の感性

英語の5文型ならば【SV/SVC/SVO/SVOO/SVOC】です。日本語の基本文型を作る場合、文末をBとして、あとはSとCしかないとすると、【SB/SCB/SCCB】となります。英語と同じアプローチだと、日本語の構文は3種類です。

しかし日本語には、英語に存在しない助詞がありますから、助詞と文末との関係が文の構成に関与します。阪田の詩にあった「ぼくは だれそれが 好き」と「ぼくは だれそれを 好き」ならば、ニュアンスの違いがあっても、同文型だとしても異存ないでしょう。

問題になるのは構文を考えるときに、助詞の違いをどこまで考慮に入れたらよいかです。当然、文の中核である文末の機能が優先されることになります。それに伴って助詞の違いが生じるということでしょう。英文法でも述語動詞の機能が最重視されてきました。

こんなこととは関係なしに阪田の詩は読まれるべきですし、読まれるだけの価値があります。印象に残っていたために、また『詩のこころを読む』に戻ってきました。言葉を考えるときに、詩の言葉、詩人の感性を抜きにはできません。この本を大切にしています。

      

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