■中国の外交ベタの原因:岡田英弘・陳舜臣の指摘

     

1 「朝貢」についての誤解

岡田英弘は『歴史とはなにか』で「朝貢」についての誤解を指摘します。古代・中世を通じて「中国とそれをめぐるアジアの諸国あるいは諸部族」との後者の前者に対する「形式的な服属関係」で「実質的には特殊な形態の外国貿易」といった説明があるようです。

欧米人でも[手土産を持って皇帝に挨拶に来るものは、みな朝貢使節]であり、この関係は[国際関係の表現ではない][個人的に敬意を表す手続き]でした。[首都の地域の外の実力者が、皇帝に贈り物をして、それによって支持を表明する行為]にすぎません。

「形式的な服属関係」ではなく[友好関係の表現であり、皇帝の支持者・同盟者であることを示すもの]でした。そうなると「実質的には特殊な形態の外国貿易」ではありません。ではどういうものであるのか、岡田はわかりやすい例をあげて説明しています。

▼お中元やお歳暮の贈りものをやりとりするのは、「服従関係」の表現でもなく、「特殊な形態」の商取引でもない。個人的な親善の保証である。これは中国皇帝にしても同じことで、朝貢を歓迎するのは、それが自分の格を高めるからであって、外国からの贈りものにはそれ相応のお返しをしなければ、自分の臣民に対して体面が立つまい。 p.204 『歴史とはなにか』

      

2 まぼろしの「朝貢冊封体制」

岡田は[日本の東洋史学界では][「朝貢関係」を拡大解釈して、「朝貢冊封体制」というネットワークが、古くから東アジアに実在し、それによって中国を中心とした国際関係の秩序が保たれていた、というような説が通用している](p.205)と批判します。

しかし[中国という国民国家は、二十世紀のはじめの1912年に中華民国ができるまで、まだなかった]のです。[中国は、いつの時代も、非常にたくさんの政治勢力の寄り合い所帯で、圧倒的多数を代表している人というのはあり得ない](p.207)と岡田は記します。

そうなると[中国の政治では、どんな局面でも多数派というものはない。だれでもみんな、少数派]です。したがって[自分は正統の皇帝である、ということを、絶えず確認しなくてはいけない](p.207)ということになります。「朝貢冊封体制」など幻です。

     

3 中国の外交ベタの根本的な原因

こうした朝貢を含めた中国の歴史の大枠について陳舜臣は、1971年の歴史推理小説『北京悠々館』で、さらりと記しました。中国が国際関係を上手に形成できないのは、なぜなのか、中国の基本となっていた考え方が、どんなものだったのかを確認しています。

▼これまでの中国歴代王朝は、外交についてはほとんど無関心であった。それよりも、外交というものの必要性を認めなかったといったほうがあたっている。
その理由は、いわゆる『中華思想』にあった。
世界すなわち中国であった。 p.63 『北京悠々館』講談社文庫

[中国皇帝の恩恵が届かない][気の毒な蕃地]の人達が[皇恩に浴したくて、はるばる遠路、貢物を献上に来朝する]との考えです。[イギリスやポルトガルも蕃地]であり、[物産を持って献上したので、その労をねぎらうために、褒美をとらせ]たのでした。

だから[中国の伝統的な政治体制の中には、外交を司る専門の機関はなかった][阿片戦争後、だいぶたってから、『外務部』というのを設けた](p.64)ということになるのです。これが中国の外交ベタの根本的な原因になっています。まだ挽回できていません。

     

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