■大野晋のあげた日本語の特質:その1
1 河野六郎のすぐれた論考
何らかの分野・テーマの全体像を探り、その全体像の構築をしようとする場合、その分野やテーマのもつ特質を見出していくしかないように思います。そのとき特質とされるものは、確実なものでなくてはなりません。安定した基礎が必要不可欠だからです。
『日本列島の言語』を見ても、現代の文章に関する日本語文法の項目よりも、日本語の特質について書かれた項目の方がよくできています。全部を網羅して体系を構築する代わりに、確実に言えそうな特質を見出して、それを展開しているので安定感があるのです。
かつて[日本語のルールについて書かれたものの中で、一番すぐれた一筆書きは河野六郎の「日本語(特質)」かもしれません]と書いたことがありました。『日本列島の言語』に所収の論考ですが、残念ながらこの本は、いまでは入手困難になっています。
必要なら図書館で探してみるのもいいかもしれません。それだけの価値のある本です。ただ、この論考を探すよりも前に、読んだほうがいいと思う本があります。大野晋『日本語はいかにして成立したか』と『日本語はどこからきたのか』です。
2 『日本語はいかにして成立したか』の該当箇所
『日本語はいかにして成立したか』は題名にあるように、日本語の成立について書かれた本です。当然ですが、日本語が成立していく歴史的な話が書かれています。同時に、日本語の成立を論じるならば、日本語とはどんな言葉であるかを論じなくてはなりません。
第三章「日本語の重層的成立」の中に、「日本語の特質」という項目があります。[文法上は次の特徴がある]として、(4)から(7)までの4項目が示されています。ここは、1ページにすぎません。さらに第十章「文法について自覚を持つ」の項目があります。
もう一冊の『日本語はどこからきたのか』を見ると、「三 これまでの日本語の比較研究」の章に「朝鮮語はどうか」という見出しがあり、[朝鮮語とアルタイ語との間の、文法的な構造についての共通点、また日本語との間の共通点を箇条書き]にしています。
3 6項目と最も鮮やかな日本語の特徴
大野の示した日本語における確実に言えそうな特質は、そんなにたくさんありません。まず『日本語はいかにして成立したか』を見てみましょう。ここで記載されているのは、数え方にもよりますが、10に満たないものです。以下のような項目があがっています。
①[形容詞は名詞の前。副詞は動詞の前に来る]
②[動詞の目的語は動詞の前に来る]
③[動詞・助動詞は文の末尾に来る]
④[助詞は、つく言葉のあとにくる]
⑤ 日本語において[動詞には語尾に変化のあること]
⑥[名詞や動詞の後ろに助詞・助動詞を加えること]
大野は上記の項目を示した後、[中国語と日本語とを対照した場合に、最も日本語的と思われる部分であり、ここに日本語の特徴が最も鮮やかに表れるところである]と記しています。それは[助詞][動詞・形容詞の活用語尾][助動詞]ということでした。
(この項、続きます)