■現代中国の社会主義経済:『鄧小平』の橋爪大三郎と留学生たちの様子

1 台湾人の視点の欠如

『鄧小平』をまとめた聞き手の橋爪大三郎は、終章でなぜかピエロのような役回りをしている。村上篤直『評伝 小室直樹』を読むと、この人は誠実な努力の人なのだと感じるのだが、この終章での発言は不思議であった。ズレた発言を連発しているのである。

今回改めて『鄧小平』を読むうちに、この人は打席に立って、大きく間違えただけだと思えてきた。誰でも間違いをする可能性がある。当たり前のことでしかない。なぜ間違えたのか。思い入れがありすぎたからだろう。それを消さなくてはいけないのに、油断した。

▼私だったら、こんな風に考えますねえ。
まず、台湾を、中国に返還させる。ま、統一する。実態は、いまのままで別にいいのです。形式が大事。そして、アメリカの了解が大事。これで、中華人民共和国の戦後は終わる。台湾が戻ってくれば、国民は当然、熱狂します。 p.235

こうした発言には、台湾人の視点が抜け落ちている。台湾人の留学生と話していれば、こんなことはありえないと、すぐにわかる。中国政府も分かっているだろう。ヴォーゲルも、当然否定している。橋爪の場合、中国政府以上に極端な思い入れがあるらしい。

 

2 お手上げだった香港

香港の見通しも、橋爪は完全に見誤った。[香港で自由選挙をどうぞやってください、でも中国の一部ですよ、っていう実例ができれば、台湾に対してものすごいプレッシャーになるはずなんですよ](p.237)。2015年当時でも、ため息が出るほどの間違いである。

講義のあと、香港からの留学生が「先生、内緒ね」と言ってやってきた。いま自宅の前でデモがひどくて両親が家に入れない状態、もう何時間も続いているとのこと。報道されないけれど、ほとんど毎日すごいデモだと言っていた。手がつけられない状態だったろう。

橋爪は言う。[台湾を取り戻すつもりだったら、香港で失敗しちゃいけない](p.237)。そんな余裕はもはや中国共産党政権にはなかった。強硬な手段に出てくるはずだと読んで、ほとんどの資産を売却して、家族離散の状態で日本に留学してきた学生もいた。

橋爪は、ヴォーゲルからことごとく否定されると、今度は[もしそうなら、中国は、自己努力で政治改革する以外に、ないはずです](p.237)と言い、事例をあげる。ヴォーゲルは笑って、無理だと答える(p.238)。ことごとくポイントがズレているのである。

 

3 中国の留学生たちが心配すること

ここ5年ほど専門学校で留学生を教えている。留学生の中で一番多いのは中国人である。優秀な学生、大卒の学生、いろいろな学生がいる。昨年末のこと、2021年は中国の景気が急回復して、世界経済を引っ張るみたいだねと言ったら、学生たちは笑っていた。

5年ほど前には、チャイナ経済が世界支配するとわめく学生までいたが、そのときでも中国人学生から孤立していた。3年前になると、経済が低迷しているけれども、また回復しますよという学生が多かった。いまは日本よりいいか…という感じで自然体である。

ヴォーゲルは『鄧小平』で[どんな国でもそうですが、学生が敏感に、他の人々が考えていること、心配していることを代弁する]と言う。いま彼らが心配しているのは何か。それは国際的に孤立するのではないかということ、これが一番ナーバスな問題である。

ヴォーゲルは[いま中国の指導者が心配していることは、後継者が、ちょっとやりそこなったら、大変だということだ]と言う。国内問題なら[腐敗問題を、きちんと法律を作って解決する](p.239)と指摘する。しかしその可能性があるとは思えないのである。