■ロシア事情の基本書…小室直樹『ソビエト帝国の最期』:『評伝 小室直樹』を参考に

1 スターリン批判の意味

1984年に小室は『ソビエト帝国の最後』を出版する。先の『ソビエト帝国の崩壊』とともに、小室のソ連・ロシア論のエッセンスがある。『評伝 小室直樹』で村上篤直は[社会主義国にも”資本主義の精神”が必要なのだと喝破した](p.133)と一筆書きしている。

橋爪大三郎は『小室直樹の学問と思想』で、『最後』におけるスターリン批判の意味に注目する。小室は[社会主義の精神形成のために][スターリンのカリスマが必要]であるのに、[1956年にフルシチョフ]が[スターリン批判]をした点を指摘していた。

[ソ連は、社会主義社会建設の途上においてスターリンのカリスマを失ったゆえに、新時代のためのエトスが得られなかった]と小室は書いた。橋爪は[ソビエトというのは、資本主義、近代社会、産業社会の遺産を十分に継承していない]と解説を加えている。

2 3時間で読めるロシア事情の基本書

『ソビエト帝国の最後』を高く評価した人の一人に、外交官だった佐藤優がいた。ロシアの専門家というべき佐藤は、小室の本を[3時間で読めるロシア事情の基本書]と記している。この書評は現在、『功利主義者の読書術』に所収されている。

▼アカデミズムにおいて、小室直樹氏は、「きわもの」扱いであったが、同書を読んだ感想は、この人は宗教社会学に非常に明るく、マックス・ウェーバーだけでなく、エルンスト・トレルンチも読んでいるたいへんな知識人だという印象だった。それだから、この本をモスクワに持っていった。ロシア人と議論するときに小室氏の論点がとても役に立った。 『功利主義者の読書術』2009年版:p.248

佐藤は、小室の[ソ連人は、西ヨーロッパ式「自由」なんぞなくても平気だし、ひとが、かかる「自由」を求めて生命を賭したりしても、あまり感動はしない]という指摘について、[ロシア人の自由観を正確に理解している]と評価している。そして言う。

▼日米の競合に加え、中国もロシアも帝国主義化している。このような状況で国際情勢を見るためには、小室氏のような、表面的現象の後ろで歴史を動かす動因をつかむ洞察力が必要だ。このような洞察力は、残念ながら、努力の積み重ねによって得られる官僚的知性とは、本質的に異なる天賦の才に依存するのである。 『功利主義者の読書術』2009年版:p.258

3 小室の業績

橋爪大三郎は『小室直樹の学問と思想』で、[ある学者がその持てるあらゆる力量を傾けて、未知の領域や将来起こりうる出来事について推測し、予言]し[その予言が見事に的中した]場合、その人の圧倒的な[業績を][確認できる](p.11)と指摘する。

▼単にソビエトが行き詰ってしまったということではなくて、それが崩壊に至る必然性ー例えば、民族問題、共産党権力の正統性問題、ロシア正教徒イスラム教の問題、地下経済(アンダーグラウンド・マーケット)のような経済の二重構造の問題などーを、しかるべきバランスでもって残らず摘出しました。このことは日本の社会科学にとって、記念すべき重要な業績だと思います。 『小室直樹の学問と思想』p.12

こうした評価に加えて、村上篤直『評伝 小室直樹』によって、小室は記憶されるかもしれない。村上の本は詳細で膨大な取材をしたものだった。しかし作品の扱いには違和感もある。『最期』について、数行触れるのみであった。こうした点、やや物足りない。

また色摩力夫のペンネームのエピソードは本当だろうか。色摩の原稿に追記して、小室名義で1981年に出版したのが『新戦争論』。このとき「アラネギ」という名前を考えたとある。しかし『崩壊』のはしがきに、すでにアラネギの名前が登場しているのである。

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