■業務マニュアルが作れない一番の原因:SOPを補助線にして

 

1 SOPと呼ばれるルール

業務マニュアルとは業務手順の標準を決めることだと思われています。手順に加えて、担当者の役割を記すことも一般的です。業務マニュアルには標準を書くのだ…というときの内容はこのあたりでしょう。これでは画一的で規格化された「標準」に過ぎません。

この問題を考える補助線になりそうなのがSOPです。大前研一の『ドットコム仕事術』(2003年刊:2007年加筆訂正)に紹介されています。[アメリカの多くの企業には≪SOP(Standard Operating Procedure)≫と呼ばれる、ある種のルールがある]。

「Procedures」と複数形になることもあります。大前は[「作業標準」とでも訳せばいいだろうか]と書いています。「標準作業手順書・標準業務手順書・標準操作手順・標準作業手続」などと訳され、決定訳はありません。日本ではあまりなじみのないものです。

[簡単に言うと、来客した客に対して「いらっしゃいませ」と声をかける接客方法から、商品の製造・販売過程で発生するあらゆる作業について定めたルールのこと]です。この説明では、従来からの古い業務マニュアルのようです。しかし概念が少し違います。

 

2 企業のDNAにあたるもの

大前は言います。[SOPには営業所の販売マニュアル、工場の製造マニュアルといった明文化されたものも含まれるが、それだけにとどまらない]。[むしろ明文化されていないことのほうが多い。各企業で自然に形成される独自のものだからだ]。

日本企業の場合、[工場の生産ラインに関してはマニュアルが発達している。一方、設計や、資材の購買、間接業務一般に関してはSOPが欠けていることが多い]とのこと。間接業務とは人事や総務、広報や情報システムなどの直接利益を出さない業務です。

この結果、[画期的な新製品の開発で欧米に後れを取ることが多い][意思決定が遅れたり、トラブルが発生したときの危機管理が下手]ということが起こります。モノ作りの作業手順だけでなく、意思決定や企画の立て方、リスク回避の方法まで含んだルールです。

従来の業務マニュアルよりも範囲の広い概念になります。単なる作業手順だけでなくて、ビジネスをうまく回していくときに必要なもののルールを決めておくということになります。[つまり、「企業のDNA(遺伝子の本体)」のようなもの]といえそうです。

ここでは組織でルール化すべきものの全体と理解しておきます。[SOPの価値がわかっているかどうかが、今後のビジネスの現場で重要になってくる]と言うのは当然かもしれません。重要なことでルール化できるものならばルール化しておく必要があります。

 

3 一番の問題はルール化する能力

このSOPを補助線にして、業務マニュアルを考えてみるとわりあい簡単に業務マニュアルの再定義というものの内容が見えてきます。日常業務が回るように作業手順を決めておくということに限らず、組織の活動で重要なことをルール化したものということです。

製品開発で後れを取るなら、後れを取らない何らかのルールを作る必要があります。意思決定が遅れがちなら、迅速的確な意思決定ができるようにする方法を考えることが求められます。業務マニュアルとは、業務の成果を上げるためのルール集のようなものです。

こうしたルールができたとしても、記述されないことがあります。以前「業務マニュアルを作る価値」でもふれました。イギリスには憲法典はありません。しかし国のルールはありますから憲法はあります。これは不文憲法と呼ばれる例外的なありかたです。

ビジネスの変化が大きい現在では、成果を上げるルールは記述しておくことが原則になります。ルールがあることによって、成果に違いが出てきます。大前は[国内外のいろいろな企業からSOPを作れる人材を紹介してくれないかと頼まれる]と記しています。

ただSOPを作れる人として、[現場を経験するうちに「こういう順番に作業をすれば効率がよくなる」][といった自分なりのSOP改善策を発想できる店長]という大前の出している例はやや誤解を生みます。少なくとも日本の現場には改善の発想はあります。

欠落しているのは、いい発想をまとめてルール化する能力のほうです。さらにルール化して定着させるまでのプロセスが決まっていません。「SOPを作れる」というのはいい発想を汲みあげて、ルール化する能力だと考えたほうが現実的だろうと思います。

そうなると「各企業で自然に形成される」ものというより、意識的にルール化する発想が必要になります。シンプルで長続きするルールを作るのは非常に難しいことです。このことが、いい業務マニュアルを作れない一番の原因かもしれません。