■ホンダの「A00」をめぐって:目的・目標・手段
1 特定の会社の話には注意が必要
自分の会社のことをすべて知っている人などいないでしょう。どうしても自分のしてきた仕事を通して自分の会社のことを見がちです。聞き取りをして行くと、同じ業務についてお聞きしても、組織内の地位によっておっしゃることが違うことがよくあります。
かつて勤めていた会社について、出身者がお書きになった本をご覧になったことがあると思います。実際に働いた人の経験は貴重です。生の声が聞けたような気になります。ところが、ささやかな経験から言っても、おかしいなあ…と思うことがあります。
それだけでなく、当事者にしかわからなかったり、使いこなせないものもあります。この場合、特定の会社名をはずしてしまって、ケーススタディーとして読むしかありません。それで興味深い内容ならよいではないか…と考えるようになりました。
2 ホンダの「A00」がわからない
かつて「小説 本田技研」について書きました。興味深い内容でした。そこに登場している人が書いた本があります。小林三郎『ホンダ イノベーションの神髄』です。この中で語られる「A00」という概念は魅力的なものでした。
<ホンダでは、目標を考える際に、必ず「A00」に落とし込んでいく。A00は「本質的な目標」のことで、「在りたい姿」や「夢」と置き換えてもよい>、これを一言で言えるようにします。ただ<A00は、じつは一般論にするほど考えやすい>ので注意が必要です。
具体的には、新エンジンの開発のA00を「小型軽量な上、低燃費で高出力」としたら、当たり前で、<何も言わないのと一緒だ>とのこと。「とても静かでスムーズで、シフトチェンジのショックが全く感じられないようなエンジン」というA00ならよいようです。
さらに具体的に「バルブの開閉がスムーズなエンジン」としたら、<ひとつの手段に過ぎないから>ダメだということです。専門家ならピンと来るのかもしれません。A00の考え方は魅力的ですが、しかし、この本の説明だけでは使いこなすのが無理なようでした。
3 意思決定手順のステップ
本の元になった記事は「ホンダ イノベーション魂!」です(『日経ものづくり』)。そこに安全シートのA00のことが出てきます。板金加工担当のオジサンから「A00は何だ」と聞かれたので、「性能向上、質量低減、コスト削減」と答えたそうです。
その答えが、<「あんちゃん、それ全部違うなぁ。その3つで何をしたいかがA00だろ。おまえ、お客の安全を向上したいんじゃないの」>というものでした。少しわかった気もします。しかし、これが一般論とどう違うのか、わかりにくい感じが残ります。
わかった感じがしたのは、ホンダのアドバイザーだった中島一の『意思決定を間違わない人の習慣術』を読んだときです。元社長の久米是志が研究所所長時代につくった意思決定手順書が、<ホンダの技術開発マニュアルとして使われ>たのでした。
本田技研工業では、創立以来、自社流の意思決定手順をつくり、思考を進める手順の共有化を進めています。それはユニークかつ実践的です。
A0(STEP①)「目的の設定」⇒A00(STEP②)「目標の設定」⇒A000(STEP③)「手段の選択」
「目的」は最終の到達ゴール、「目標」はゴールにいたる条件、そして「手段」は実際の行動や手順をいいます。
4 追記:3構造で見るとわかる
A00の概念が分かった気になったのは、前述のように、その上位概念としての目的A0があり、その下位概念に手段のA000との指摘があったためでした。小林三郎『ホンダ イノベーションの神髄』にはA00の記述しかありません。目標一本やりでした。
目的・目標・手段の段階があって、目的は最終到達ゴールであり、目標はゴールにいたる条件、手段は実際の行動や手順…と言われると、概念がクリアになります。小林の本にも、本人の意図とは別にA0、A00、A000が書かれています。
エアバックを量産すると、高信頼性技術はホンダに残るのか、と久米是志当時の社長が小林に確認します。小林は残ると答えます。通常機械部品の故障率は千分の1程度、重要保安部品でも1万分の1~10万分の1。エアバックの故障率は100万分の1の技術です。
高信頼技術はお客様の価値である品質の向上につながるからやろう…と久米は言います。これが目的A0です。故障率100万分の1を達成することが目標A00です。それを達成するためにとる方法が手段A000になります。3構造で見るとわかってきます。