■ヒルティ『幸福論』から学ぶ:岩波文庫にある最高のビジネス書

1 岩波文庫のビジネス書

ヒルティは、スイスの人で、1833年に生まれています。代表的な著作は『幸福論』と『眠られぬ夜のために』です。『幸福論』は3巻からなります。現在読むべきなのは、第1巻でしょう。1891年出版の第1巻が好評だったため、2・3巻があとに続きました。

ときどき講義で冗談のように、岩波文庫に最高のビジネス書があります…などと紹介しています。8章からなる『幸福論』第1巻の中でも、「仕事の上手な仕方」と「時間のつくり方」の二つの章をお読みになれば十分だろうと思います。

二つの章を足しても45ページに過ぎません。ここに、仕事の仕方、時間の使い方というわれわれの一番切実な問題が語られています。時代を経て生き延びてきたものだけに、変わらない本質が語られています。

なお、ストア派の哲学者エピクテトスの「提要」を紹介し感想をそえている「エピクテトス」の章も、貴重です。この章は、エピクテトス哲学のエッセンスを知るための簡潔な独立した小冊子と扱うことも可能です。

 

2 仕事の上手な仕方

ヒルティは「仕事の上手な仕方」に書いています。休息というのは、≪心身の適度な、秩序ある活動によってのみ得られる≫…と。したがって人は、≪仕事の中に休息を求め≫る必要があります。そのためには条件があります。

≪働きの喜びは、自分でよく考え、実際に経験することからしか生まれない≫…のです。人の幸福は、≪創造と成功との喜びである≫ことから、≪精神的な創造的な仕事をする≫ことが必要だということになります。

≪機械的で部分的な仕事が、総じて人を満足させること少なく≫、≪「人間の尊厳」の観念に反し、決してひとを満足させるものではない≫…と現代まで通じる問題を指摘して、創造的な仕事がなされることを要請しています。ヒルティは政治家でもありました。

ヒルティは、怠惰の排除を重視します。一番よい方法は、≪習慣の大きな力≫を利用することです。≪どんな人間的美徳も≫、≪習慣となってしまわない限り≫、本物ではありません。どのように、よい習慣を身につけていったらよいのでしょうか。

思い切ってやり始めることです。これが一番難しいことで、≪ペンをとって最初の一線を引く≫ならば、≪事柄はずっと容易にな≫ります。一歩進めて、≪諸君にとってもっとも容易なものから始めたまえ、ともかくも始めることだ≫…と。

はじめられた仕事は完璧主義ではなく、≪本質的な要点だけに力を注ぐこと≫…が大切です。精神的な仕事を容易にする≪とっておきの方法≫として、≪繰り返すこと≫…が強調されています。繰り返しによって、仕事が見えてくるようになるのです。

 

3 時間のつくり方

時間を作るために第一に必要なことは、≪一般の潮流におし流されることなく≫、自分の生き方を確立することだと言います。その上で、≪規則正しく働くこと≫…が最上の方法であると指摘します。では、仕事中の時間の使い方はどうあるべきでしょうか。

≪時間節約のおもな方法の一つは、仕事の対象を変えることである。仕事の変化はほとんど完全な休息と同様の効果がある≫…と言います。同じことを続ける場合、最初の1時間くらいが一番効率的であり、効率が落ちたら対象を変えると、また効率が上がります。

そして、≪手をつけた仕事を身の回りにおいて、その時々の抑えがたい気分のままに≫、次々とこなしていくのが正しい方法だと言います。創造的な仕事の場合、そのほうが自然なのかもしれません。一般に正しい働き方は、心身を健康に保つとも指摘しています。

手早く仕事をすること、そして単なる外形をあまり気にせず、あくまで内容に重きをおくことである。手早く仕上げられた仕事が最も良く、またもっとも効果的だというのが、私の持論であるが、おそらく仕事をするたいていの人たちが、自分の経験上、この意見に賛成するであろう。

このようにヒルティは、実質を重んじます。その一方、秩序を重視します。

秩序がよければ、物事を探して、そのために、誰でも経験するように、時間ばかりでなく、仕事の興味までも失わなくて済むし、また研究対象を次々に片づけていくことが出来るのである。

以上見たように、ヒルティの提言は、そのまま現代でも使えます。繰り返し読む価値があります。どういう業務を構築すべきかを考えるとき、機械的・部分的な仕事ではダメだ…と思い、実質を重んじながら手早く仕事をしなくてはいけないと反省します。

⇒[参照: 付加価値を生むもの 1/2:体系的網羅的なものの危うさ]