■文章を理解する方法=読み書きの技術:「三四郎」から
1 『三四郎』から
夏目漱石の代表作は、何になるのでしょうか。日本近代文学史を一番見事に一筆書きしたサイデンステッカーは、漱石の作品の中で『三四郎』が一番いいと言っています。近代文学者の中で、漱石、谷崎、川端の3人を、世界的だと早くから評価していました。
司馬遼太郎が、サイデンステッカーから、漱石で何が好きかと問われたとき、『三四郎』ですと答えたそうです。サイデンステッカーは、私もですと言って、うれしそうだったという話があります。残念ながら、『三四郎』を漱石の代表作という人は少数派ですね。
ちょうど10月(2014年)から、朝日新聞に再連載されます。今回、はじめの文を例に、読み書きの基本となる文構造を理解してみたいと思います。こんな文があります。【小供の玩具(おもちゃ)はやっぱり広島より京都の方が安くって善(い)いものがある】。
この文の意味が特別わかりにくい、ということはないでしょう。しかし、主語は何になるのかと聞かれたら、戸惑う可能性があります。こういう文をきちんと理解できるようになったら、読み書きの能力が格段にあがってきます。
例文は、普通の文に見えて、日本語らしさを持った、なかなか手ごわい文です。文の意味をきっちり理解するために、この文がどういう構造なのか考えてみましょう。文構造が、ぱっとわかるようでしたら、難しい文も分析できます。
2 例文を意味で分ける:助詞の利用
まずはじめに、例文を3つの部分に分けて考えてみましょう。3つと言われれば、たいてい、次のようにお分けになるはずです。(1)「小供の玩具は」(2)「やっぱり広島より京都の方が」(3)「安くって善(い)いものがある」。
文節で分けるならば、もっとたくさんになります。文節の場合、「ね」をつけてキリがよいところで切れます。しかし無意識ながら、ほとんどの方は、意味内容で3つの部分に分けるはずです。しらずに助詞の「は」「が」を手がかりにしているのです。
助詞でとくに注意すべきなのが、【は・が・を・に・で】です。(1)は「は」で終わりますが、主語ではありません。主題です。「~に関して」と言いかえ可能です。「小供の玩具に関して」となります。日本語のバイエルでいう【前提(TPO)】にあたります。
(2)の「やっぱり広島より京都の方が」も主語ではありません。「が」を「に」に変えることが可能ですから。この部分は、日本語のバイエルの【焦点】にあたります。日本語の3つの構文を知っておくと、簡単に気がつくはずです。
日本語の主要構文は、「説明・定義の文」、「状況・状態の文」、「行為・存在の文」の3つからなります。文末が「ある」「いる」になっていて、「ある」「いる」を「存在する」に言いかえ可能なら、存在の文です。例文は、「存在の文」にあたります。
「ある」は、モノ・コトのときに使い、「いる」は、生き物のときに使います。例文の(3)の部分の「安くって善いものが」と「ある」とが、主体・述部の対照関係になります。この文の主語・主体を問われたら、「安くって善いものが」になります。
3 標準形と強調形
存在の文の構造は、【主体+焦点(場所を示す語+助詞「に」)+述語(「ある」「いる」)】…です。しばしば焦点が前に出ます。「公園に、ベンチがある」というのも、その例です。例文も、焦点が前に出ています。本来の「に」が、「が」となった形です。
【(やっぱり広島より)京都の方が(に)安くって善いものがある(存在する)」というのが、文に不可欠な必須の要素ということになります。この必須要素からなる文の前に、【小供の玩具は(に関して)】という前提(TPO)がついています。
例文では、主題が最初に提示されています。助詞「は」を接続させて、「小供の玩具」を強調しています。「善いもの」の「もの」が「小供の玩具」です。これを強調しています。標準的な形式にするなら、「安くてよい小供の玩具が」ということでしょう。
例文を標準化した文にするなら、【やはり広島より京都の方に、安くてよい子供のおもちゃがある】になります。例文は、「子供のおもちゃ」に助詞「は」を接続した上、前に出すことによって強調した形式の文です。
日本語では、強調形にするために、助詞「は」をつけて、前に出すという手続きをとります。別の例でも同じです。「私がこの子を育てます」の「この子」を強調するとき、「は」を接続させて前に出します。「この子は、私が育てます」という文になります。
例文では、さらに焦点の【広島より京都の方】を強調しています。最強調で「は」を使い、さらに助詞「が」を接続させて強調しています。これはめずらしい例です。その結果、一文に「が」が2つ重なってでてきます。2つまでなら、そんなに混乱しません。
例文の骨格が、「(広島より)京都に、安くてよい子供のおもちゃがある」であり、そこに強調が加わっているとわかったなら、例文は理解できたと感じられるはずです。「主語・主体」と「述語・述部」の対照関係がつかめれば、文の理解が一気にすすみます。