■名文でも気になる「は」「が」


▼読む量が質に変わる

丸谷才一は『文章読本』で、文章上達の秘訣は名文を読むことだと書いています。読むことが書くことの前提になるのは、その通りでしょう。自分がよいと思う文章を読むことは、文章を書くときの基礎になるはずです。

たいてい文章のうまい方は、たくさん読む人です。量が質に変わるのだろうと思います。丸谷才一もたくさん本を読む人でした。

 

▼名文の見本

向井敏は『本のなかの本』のなかで、丸谷才一の『遊び時間』を取り上げて、名文づくしの「芸の見本帖」だと書いています。その最初の引用は、宇野千代の随筆集のための推薦文の書き出しです。

宇野千代は伝説の女である。華やかな美貌とやさしい心づかひの持主が、文才と情熱によって生きてきた奔放な経歴は、世の常識からすればまぶしい謎、彩り鮮やかな幻にほかならない。

たしかに「うまい」とうなりますね。しかし、何だか気になります。

 

▼「は」と「が」は大丈夫…?

名文というのは、その内容とリズムがすばらしいものなのでしょう。ですから、よいと思う人に向かって、それをよくないと言うのは俗なことです。しかし、気になります。

問題は、「は」と「が」の使い方です。この文では、「心づかひの持主が」…「奔放な経歴は」というつながりになっています。ここは、「心づかひの持主の」…「奔放な経歴は」としたほうがしっくり来ます。

≪華やかな美貌とやさしい心づかひの持主の、文才と情熱によって生きてきた奔放な経歴は、世の常識からすればまぶしい謎、彩り鮮やかな幻にほかならない。≫

あるいは、読点を動かした方がわかりやすい気がします。

≪華やかな美貌とやさしい心づかひの持主が文才と情熱によって生きてきた、その奔放な経歴は、世の常識からすればまぶしい謎、彩り鮮やかな幻にほかならない。≫

 

▼ビジネス文には検証ルールが必要

述部は「幻にほかならない」となっています。「誰」が「何」が、「幻にほかならない」なのでしょうか。「経歴」が「幻にほかならない」のですね。

よい文章をたくさん読んで、自然に書けるようになっても、検証する手段を持たないと、文章は不安定になりがちです。ビジネス文を書く人は、検証ルールをもっていたほうがよいでしょう。この例では、「主役となる語句を明確にすること」が大切なのです。

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