■組織の精神と「integrity」その3:ドラッカー『現代の経営』から

 

1 integral・integration・integrity

経営管理者は[その意思決定が企業内の他の人に与える影響が決定的といえるほど大きく][国民経済に与える影響があまりに大きい](エターナル版『現代の経営』下:p.262)ため、「(personal) integrity」が[決定的に重要]だとドラッカーは言います。

ドラッカーのいう意味を考えるとき、[1]「integrity」本来の概念と重なりあう内容であること、[2]その概念が、組織の倫理や道徳の裏づけとなる行動規範であること、この2つの条件が必要です。まず[1]を探っていくために、以下を補助線にして見てみます。

▼英語には“インテグラル(integral)”なる言葉があって、これは日本語に上手に訳せないのだが、意味は、自分の規範に対して誠実だということ。つまり、カトリック教徒ならカトリックの規範に対して、プロテスタントならプロテスタントの規範に対して、首尾一貫して忠実だということである。 小室直樹『数学を使わない数学の講義』 p.108

ドラッカーが使う「integrity」の基礎概念は、この「integral」の概念から展開されたものと考えられます。「integralすること」が「integration」ということであり、「integrationされたときの状態の性質」が「integrity」になるようです。

「自分の規範に対して誠実」であることによって、全体が「首尾一貫」した「統合」された状態になります。全体が「統合」された状態のとき、人間はどんな性質になるのでしょうか。こういうときの人間としての性質が「integrity」の概念だと考えられます。

 

2 プロテスタントの倫理

「integrity」と呼ぶべき人間の性質・資質とは、どんなものでしょうか。もう少し具体的に見るために、「プロテスタントの規範に対して、首尾一貫して忠実」な「プロテスタントの倫理」を、マックス・ウェーバーの解釈にそった視点で見てみたいと思います。

ウェーバーは、神学者のカルヴァンの予定説に焦点を当てています。[予定説とは神に救われるのか救われないのかは、天地創造のときにこの人は救う、この人は救わないと神様がすでに決めてしまっているという考えです](『論理の方法』小室直樹)。

このときカルヴァンは[「救済を予定された人は、そのように振る舞うであろう」と言った]のでした。救済されるかどうか[人間にはこの神の意志決定は絶対に知りえない]のですが、救われたい人は[絶対に正しいこと以外してはならないと思うわけです]。

[もはや一つ一つの善行、修業が問題ではない。人間全体としての行動の総合が問題なのです]。[全ての行動が統一的に組織化されて一つの落ちこぼれた悪行もないほど体系化されていなければならない]と考えるようになります(以上『論理の方法』)。

規範に忠実な人間は「絶対に正しいこと以外してはならない」と考え、「一つの落ちこぼれた悪行もないほど」の完全性を求めることになります。これが統合(integration)された状態のときに現れる人間の性質(integrity)の一つのモデルになるでしょう。

 

3 「神が見ている」

プロテスタントの倫理を以上のように見るとき、前述[2]の「組織の倫理や道徳の裏づけとなる行動規範」という条件に合致する概念が浮かび上がってきます。「integrity」とは、正しさと完全性を求める行動規範であるということなのかもしれません。

あとはドラッカー自身の解説が必要でしょう。この点、『現代の経営』での解説だけでは不十分です。幸い『創生の時』で自分の仕事についてより踏み込んで語っています。『プロフェッショナルの条件』所収の「私の人生を変えた七つの経験」の部分です(抄訳)。

ヴェルディの言葉に刺激されて[失敗し続けるに違いなくとも、完全を求めていこうと決心した]と書き、また[彫刻家フェイディアスの物語]を読み、[完全を求めていかなければならないということを、そのとき以来、肝に銘じてきています]と記しています。

▼私が気がついたところでは、成果を上げ続ける人は、フェイディアスと同じ仕事観を持っています。つまり神々が見ているという考え方です。彼らは、さっと流すだけの仕事はしたがりません。仕事において真摯さを重視します。ということは、彼らは、自分自身に誇りを持っているということです。 『創生の時』 p.50

[仕事において真摯さを重視します]の原文は「They have respect for the integrity of their work.」です。神が見ているのだと意識して、使命感をもって誇りをもって、完全を求め続けていくことが、ドラッカーのいう「integrity」だということです。

⇒ 【その1】 + 【その2】

 

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