■「象は鼻が長い」の型:山崎正和の文章から

1 主述関係が論理の基礎

学校文法は、主語と述語を使って文の分析をしています。そのとき、困ったことになる事例がいくつかあります。その代表的な例として、「象は鼻が長い」という文があります。この文の主語はどうなるのでしょうか…?

決定的な解答はなさそうです。すべて不十分というところでしょうか。三上章が『象は鼻が長い』で、日本語に主語はない…と問題提起をしてからずいぶんたちます。文法的説明はどうであれ、今でも、この「象鼻」文の型は、しばしば見られます。

三上章の考えでは、「象」が主題で、「鼻が長い」がその解説になっているということになります。助詞「は」がつくとき、主題になるという解釈です。主語を否定するので、日本語に主述関係がないという考えになります。賛成できません。

主述関係がない文は、どうしても論理的な基礎が弱くなります。日本語の場合、論理的な文構造を持っているにもかかわらず、その点の説明が十分にできていなかった、と私は考えています。具体的な例文で見てみましょう。引用は、山崎正和の文です。

1994年の夏、日本の広島市で「アジア・スポーツ大会」が開かれたが、そこには旧ソ連からキルギスタン人やタジキスタン人が参加したのに、ハワイやシベリアはもとより、オーストラリアからもニュージーランドからも選手は招かれなかった。

『文明の構図』の「東アジア文明の誕生」からです。この論文は、日本語、英語、ドイツ語にされ、そののち筆者が「補筆した決定稿」とのことです。翻訳に堪える内容を持った文です。

 

2 主体概念が重要

上記の文に、主語はあるのでしょうか。あるなら、主語は何でしょうか。あるいは、主題と解説という説明が出来るでしょうか。その場合、何が主題なのでしょうか。…気になります。まず私の立場、つまり「日本語のバイエル」の基本からお話します。

私は、主述関係を重視して考えます。ここでいう「主述」の「主」は、主題ではありません。「述語・述部」に対応する「主体」です。主語という概念が、この主体と同じ概念であるときのみ、主語という用語に意味があると考えます。違う概念なら無意味です。

この文は2つに分けて考えたほうがよさそうです。<1994年の夏、日本の広島市で「アジア・スポーツ大会」が開かれた>…でひと区切りしましょう。この文の主体は、「アジア・スポーツ大会」…ということになります。ここはあまり問題にならないでしょう。

その後をひと続きで考えます。日本語のバイエルの場合、判別式に述語・述部を入れて、主体を考えます。【誰が「招かれなかった」…なのですか】…となりますから、主体は「選手」になります。ただ、選手は招かれなかった…だけでは情報量が足りません。

<ハワイやシベリアはもとより、オーストラリアからもニュージーランドからも>…はどういう扱いをすべきでしょうか。ここで、「象は鼻が長い」の型を思い出して欲しいのです。山崎正和の文は、「象は鼻が長い」の型の文だと私は思います。

 

3 読み書きに役立つルール

「象は鼻が長い」の「象」にあたるのが、<ハワイやシベリアはもとより、オーストラリアからもニュージーランドからも>…でしょう。ハワイ・シベリア・オーストラリア・ニュージーランドと並んでいますから、助詞「も」が接続しているだけです。

地域を「ニュージーランド」一つにした場合、<ニュージーランドからは、選手が招かれなかった>…という言い方になるはずです。地域名に「も」を接続させたため、その次の「選手」に「は」が接続することになりました。

「象は鼻が長い」を日本語のバイエルでは、「象の鼻は長い」という文の「象」を強調した形だと考えます。「象」を強調するために、助詞「は」をつけたということです。助詞「は」は、強調を表す助詞だと考えるのです。

<ニュージーランドからの選手は、招かれなかった>…の「ニュージーランドから」を強調した型が、<ニュージーランドからは、選手が招かれなかった>…という文であるということになります。

地域をもとに戻して、ハワイ以下を並べても、型は同じです。<ハワイやシベリアはもとより、オーストラリアからもニュージーランドからの選手も、招かれなかった>…となります。例文の主体は、「ハワイ以下…からの選手」と言うことです。

例文は、「ハワイ以下…からの選手」のうち、地域を強調した文の型だということです。「象は鼻が長い」と同様の型になります。「は」は最強調の助詞です。この例文からわかるとおり、「も」は「は」と同じ最強調の助詞になります。

ところが、日本語は主題を提示して、それを説明していく構造だという考えもあります。そのとき、主題には助詞「は」が接続する、「は」はtopic marker(主題の目印)だとの説明です。しかし、この論法で上記の例文をどう分析するのか、私にはわかりません。

助詞「は」の接続する箇所は、<ハワイやシベリアはもとより>と、<オーストラリアからもニュージーランドからも選手は招かれなかった>の2箇所です。前者は主題ではなさそうです。後者の「選手」が主題となるのでしょうか。何だかへんですね。

文の構造を知るためには、標準形に対する強調の型だ…という捉え方がよいと思います。読み書きに役立つルールでなくては意味がない、ということです。これが「日本語のバイエル」の考え方です。

 

カテゴリー: 日本語のバイエル パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)