■日本語の理解のために:中村保男『翻訳の秘訣』の英和往復理論
1 英語と日本語の往復理論
英語の翻訳について、中村保男は『翻訳の秘訣』で[原言語と訳言語間の往復通行、それが翻訳の基礎]だと言います。「英文から和文へ」という発想に加えて、[「和文から英文へ」という発想の全面的応用]が必要になるということです(p.7)。
『翻訳の秘訣』は、「日本語による日本語のための英語の訳し方」を追求した本だと記されています。[日本語の生理に則した翻訳法]と[往復理論に基づく英和翻訳の方法をできるだけ整理した形で系統的に展開]しているため、日本語論にもなっています(p.8)。
当然、[普通の文法書や英文和訳参考書とは違う分類の仕方や項目の立て方をする必要がある]のです(p.8)。[私の目標は、語学(的厳密さ)と文学(的流暢さ)を統合すること]、[名訳を生み出すための方法論がはっきり意識化]できるようにすることでした(p.9)。
2 最初に問題となるのが主語
項目を見ると、「主語の問題」「時制と法」「語法」「品詞の転換」「構文の転換」「態(voice)」と続きます。最初に主語が問題となるのは当然のことでした。西洋語に[文章構造としても文章美学から見ても][日本語との重大な相違がある]からです(p.14)。
「He is quick in perception.」を[「彼は知覚において迅速だ」と直訳したのではぴんとこないが、「あの男は知覚するのが速い」という中間訳を経て「あいつは目ざとい」と意訳すれば日本語らしくなる](p.14)でしょう。ここでは主語が記述されています。
しかし日本語では、家族の会話なら[主語ばかりか目的語まで省略されているのに話が通じてしまう]のです。「見て来てくれた」と聞かれたら、[「来週の旅行の列車の発車時刻を駅であなたは見てきてくれたか」という意味]だったりします(p.15)。
3 日本語の理解が進む本
「彼」を「あの男」「あいつ」としたり、「先方」と訳すのがよい場合もあるはずです。あるいは記述しないこともしばしば起こります。助詞なしで「あたし、あんな人、嫌いだわ」となることも、めずらしくありません。さらに問題なのが、「は」と「が」です。
[翻訳では、「は」と「が」の使い分けは、原文に不定冠詞が使われているか、定冠詞が使われているかによってもある程度までは決定できる]とのこと(p.31)。しかし、「a」を「が」と訳し、「the」を「は」と訳す原則には、つぎつぎ例外が出てきます。
「This is a book.」は「これは本だ」のほうが自然です。一方、「This is the book.」は[「これが本だ」とするのが日本語独特の助詞の“生理”にかなった自然な訳し方](p.33)でしょう。同様に「が」は未知、「は」は「既知」という原則にも無理があります。
英文を翻訳しようとすると、日本語だけで考えるときよりも、様々な要素を意識することになるようです。「英語⇔日本語」の相互作用を見ることによって、日本語が分析的に読めるようになるのでしょう。日本語の文法書よりも、日本語の理解が進む本です。
