■知的生産の技術は格闘して獲得するもの
1 800頁の本をどう読むか
体系化の勉強の際に、『民法の体系』をご紹介したのですが、もっと方法の説明が必要だったようです。800頁もある本ですから、読み方に気をつけなかったら、試験を受ける人たちのように、多大な時間をかけて読まなくてはなりません。それとは別の勉強です。
言いたかったのは、体系化の練習が不可欠だということでした。この分量を勉強するよりも、他の勉強をした方が効率的だと言われると、そうだろうと思います。法律をある程度わかる人なら、問題ないのですが、全く知らないという人には、たしかに無理でしょう。
現在、こういう体系化の勉強になる本を使って、そのエッセンスをまとめています。民法だけというわけにも行きませんし、他との関連が問題です。説明をどうするかもあります。しかし自分で体系の勉強をするなら、もっと省力化できるはずです。
2 本当に必要なところはわずか
自分でエッセンスを確認するだけなら、そう苦労はないと思います。線を引き、項目を確認し、知らない用語の定義をチェックすれば十分でしょう。その結果をノートにまとめていけば、ああ、民法の体系というのは、こんなものなのかとわかります。
これは業務マニュアルなどを作成するリーダーにとっては、勉強になることです。ノートに取ると言っても、何百頁になるはずもなくて、項目だけの骨組みがわかれば十分ですから、十数ページか数十ページで済むでしょう。理解するために本文があります。
理解すると言っても、関係のない用語や項目など、体系化のトレーニングには不要です。たとえば2章「権利主体論」は100頁以上ありますが、38頁から64頁は飛ばし読みで十分ですし、中心的な自然人の項目は40頁足らず、それも詳細不要な項目が多々あります。
3 格闘して知的生産の技術を獲得
もしかしたら、最初からコンパクトに書かれている本のほうが、理解しやすいのかもしれません。入門書としてなら、それは間違いないでしょう。しかし、業務マニュアルを作るときに使えるようにとなったら、専門家の書いた最低限のボリュームの本が安心です。
標準的な基本書を読むために、入門書を読むのは役に立ちますし、いい入門書の中には、それ自体に価値のある本もあります。とはいえ、大学生が講義で使うレベルの基本書なら、読めなくはありません。あとは法律との相性の問題となるでしょう。
アメリカの大学などで、次の講義までに多数の本を読んでくるように言われることがあると、そんな話を聞くことがありました。目的に沿って、膨大な量の本を読まなくてはいけなくなります。どうしたらよいのか、格闘すること自体が、勉強なのかもしれません。
知的生産の技術が必要になるというのは、自分で勉強し、格闘してみて、こんなに膨大なもの、難解なものを、どうやって理解したらよいか、考えるべきだということです。必要なもの、関心のある領域で、こうしたスキルを身につけることが大切だと思います。
