■「実体として存在する美」と「状況によって成立する美」

       

1 標準的なルールと感性

図解講座の内容を考える際、日本国内だけで通用する原理ではなくて、世界標準になっているルールを抽出することを方針にしました。美的センスを問題にするよりも、もっと即物的というべき、「こういう場合はこうする」というルールを中心においたのです。

ビジネスで使う図は、ある種の記号になっています。信号の青・赤に意味があるのは、社会的な共通認識があるからです。ここでの共通認識は標準的なルールとして、世界で採用されています。信号ほど明確でなくても、こうしたルールがあるといってよいでしょう。

しかし、これとは別に、われわれの感性はビジネスであろうが、日々の生活であろうが、基礎的なところで圧倒的な影響力を持っています。日本人の美意識という場合、多くの日本人がという意味ですが、ここでも、感性の働きの傾向というものがありそうです。

       

2 「実体として存在する美」と「状況によって成立する美」

高階秀爾の「極めて日本的な美意識に支えられた小説」は印象に残る文章でした。『夏目漱石を読む』という特集を編集した本で、高階は『草枕』を選んで、そこで日米の感性の違いについて書いています。アメリカで、人間の動物観の調査があったそうです。

アメリカ人は、「美しい動物」というものが存在すると考えますから、一番美しい動物は何かという質問が成り立ちます。しかし日本では、「夕暮れの空に小鳥が群れをなしてぱあっと飛んでいるところ」といった答えになりがちです。意識の前提が違います。

これは、[「美」というものを、実体として存在すると考えるか、状況によって成立すると考えるかの違いである。西欧ではギリシア以来、実体論が基本であった]のに、[日本では伝統的に、美の成立條件を探究するのが美学であり、芸術であった]ためです。

      

3 対で覚えておく価値のある見方

[実体を捉えようとする]のか、[状況に注目]するのか、このアプローチの違いは、思想的な違いに直結します。実体の美を想定するなら、[「美」は永遠に存在する。少なくとも、永遠性を志向する]ことになるでしょう。これが「実体の美を信ずる思想」です。

一方、「状況の美を信ずる思想」ならば、[美は、次の瞬間には消滅するような頼りないもの、はかないもの、一時的なもの]という捉え方になります。つまり、[ある状況のもとでのみ成立し、次の瞬間には消え去るものこそ「美」だ]という思想です。

状況の美というものを強く意識するのは、現在の日本人にも引き継がれています。これは相対的なものです。日本人に限ったことではないでしょう。モノにはそれぞれ固有の色があると考えるのに対して、印象派は固有色を否定して、光の移ろいの反映とみています。

こうした印象派の色の捉え方には、浮世絵などの日本の絵の影響があったでしょう。そのためか、日本人には、モネなどの印象派の絵が好きです。実体と状況という二つの見方は、絶対と相対、主観と客観などと同様、対で覚えておく価値のある見方だと思います。

*『夏目漱石を読む 私のベスト1』pp..42-43