■基本を振り返る:立花隆『「知」のソフトウェア』

     

1 変わらずに大切なことを読み取る

立花隆の『「知」のソフトウェア』を読んでみると、やはり時代を感じました。例えば大がかりな新聞記事のスクラップブックを作っています。いまでは、ほとんどスクラップなどしないでしょう。紙媒体から電子媒体への変化によって、検索も容易になりました。

あるいは、見出しに「自分のためのカードを作れ」とあります(p.61)。いまさら、手書きのカードはいらないでしょう。デジタル入力するにしても、カード形式のものはいらないと思います。この本に書かれたことを、そのまま真似すると非効率になりそうです。

大新聞や大手の雑誌だけでなくて、今では多くの人が情報を発信していますから、情報源が新聞に偏ることもなくなっています。違いがあるのは1984年出版ですから当然のことでしょう。世の中は変化します。読み取るべきことは、変わらずに大切なことの方です。

      

2 少数精鋭の自分用テキスト

まったく変わらないわけではありませんが、わずかに変形すればよいという話が、この本にはあります。例えばカードはもはや使えませんが、エディターに打ち込んでいけば、カードよりも便利に使えるはずです。その際、立花隆が言う指針が役立つと思います。

▼一般利用向けのカードと自分のために自分で作るカードとの最大の違いは、前者が、玉石混交でもよいから網羅主義を第一とするから、量が膨大棒に膨れ上がるのがやむを得ないのに対して、後者は、石は全部捨て、玉だけを選り抜いた、量は少ないが情報密度の濃いカード索引を作ることができるという点にある。そうでなければ自分で作る意味がない。 p.62

コピー&ペーストが可能になると、内容もよく読みこむことなく、ひとまず保存しておけということになりがちです。玉だけを選り抜いた、少数精鋭のテキストが大切になります。それを自分で作れるかどうかが、成功不成功を決めるほど重要なことでしょう。

     

3 メモ筆記のトレーニング

さらに立花の場合、有利な条件を持っていました。メモ筆記のトレーニングを受けていたのです。記事情報だけではなく、当事者や専門家からお話を聞くことが大切であることは言うまでもありません。この時、録音に頼っていては、仕事にならないでしょう。

立花の場合、[今でもあまりテープは使わない。原則としてメモ筆記である。そのほうが後の作業が楽だからだ]ということです。なぜ後の作業が楽なのでしょうか。[テープに頼ると、あとからテープをもう一度聞き直さなければならない]からです(p.82)。

たいていの話は[本当に記録するに値するのは、そのうちの十分の一くらいのもの]ですから、[五時間のインタビューのメモを読み直すのに三十分もいらない。事後処理の能率はメモの方が圧倒的に良いのである](p.82)。これも当然すぎる話です。

自分用の少数精鋭のノートを作ることと、メモができるようにトレーニングすることは、何かを書こうとするときに不可欠なものといえます。時代が変わっても、必要なものです。その方法も、本質的な部分は変わらないことでしょう。まだ役に立つ本です。