■漢文における品詞概念:形式・働き・意味による決定

    

1 漢字における広い意味での品詞

春という言葉は、日本語では名詞です。ところが漢文になると、単純に品詞名が言えません。岡田英弘は『日本史の誕生』で[漢字には名詞と動詞の区別もなく、語尾変化もないから、字と字の間の論理的な関係を示す方法がない]と指摘しています。

そのセンテンスでの言葉の働きによって、品詞を決めていくしかありません。『漢詩入門』での一海知義の言うように、[春という漢字は、名詞としてだけでなく、形容詞、副詞、動詞といろいろに使えるのです]。そうなると品詞という概念は使えなくなります。

一海は「春風」について、[この「春」は「風」という名詞(体言)を修飾していますから、広い意味で形容詞だといえます]。「広い意味」で…なのです。[春死。これを「春に死す」と読めば、「春」は「死す」という動詞(用言)を修飾している副詞です]。

「城春」なら、[長安の街に「春が来た」(春になった)という意味です。したがってこの場合、「春」は状況、状態を示す後、すなわち広い意味での動詞だと考えてよいでしょう]。日本語の場合なら、広い意味と狭い意味の名詞があると考えるべきでしょう。

      

2 動詞と形容詞の共通性

春で見たように、漢文には品詞がないという言い方もできます。「広い意味」でなら、品詞があると言えなくもありません。漢文の場合、問題になるは、その漢字の使われ方だということになります。機能・役割が問われるのです。形式的に品詞は決まりません。

漢文を見ると、もう一つ問題になるところがあるかもしれません。「国破山河在、城春草木深」における「在」と「深」はどうでしょうか。[「在」と「深」は動詞と形容詞]に見えるのです。一海は言います。[日本語文法で言えば、たしかに動詞と形容詞です]。

しかし[ともに物の状態、状況を表す言葉として、共通性を持っています]という言い方になります。「ある」と「深い」なら、日本語では一律に動詞と形容詞と決まりますが、漢文の「在」と「深」になると、動詞なのか形容詞なのか、決まらないということです。

      

3 文脈での働き・意味内容の検証

品詞というのは、形式によって決まるばかりではありません。言葉の働きによって決まるということです。そのとき、どんな意味になっているかによって、その働きが検証されます。先に品詞があるのではなく、働きを見て、意味内容まで検証して決まるのです。

品詞分類をして、それを機械に品詞を覚えさせて、変換効率を上げるというアプローチは機械用には有効なのでしょう。しかし人間が読み書きするときに使う方法として、採用すべき方法ではありません。個別の文脈でどういう意味かを考えることが基本です。

一海は、名詞をとくに定義していませんでした。名前なら名詞です。「山河在」「草木深」の「在」「深」のように後に置かれたなら、動詞か形容詞かさえ決まりません。こうした特徴が、日本語にどう反映されているのか、再検討することが必要になるでしょう。

      

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