■「アミラーゼ問題」の文がわかりにくい理由

 

1 「アミラーゼという酵素」の中核部分

前回の「アミラーゼ問題」(新井紀子『AIvs.教科書が読めない子どもたち』)がなぜ正確に読めないのか、確認しておきましょう。それほど難しい文章ではないのに、正確に読めない人がいるのはなぜなのか。検証しておくのも無駄ではないでしょう。

【アミラーゼという酵素はグルコースがつながってできたデンプンを分解するが、同じグルコースからできていても、形が違うセルロースは分解できない。】という文で、セルロースと形が違うのは何であるかが問題です。カタカナ用語が4つ出てきます。

文の構造を見てみると、前半と後半に分かれているのがわかります。「Aであるが、Bである」(「Aだが、しかしB」)の形式の文です。この文の主役(主語)は何でしょうか。「アミラーゼという酵素」と「形が違うセルロース」に「は」が接続しています。

Aの部分は「アミラーゼという酵素」⇔「分解する」という形式ですから、「アミラーゼという酵素」が主役と言ってよさそうです。ここで注意すべきことは「酵素」が主役ではなくて、「アミラーゼ」に中核がある点でしょう。「鈴木さんという人」と同様です。

「酵素であるアミラーゼ」「酵素のアミラーゼ」ということですから、「酵素」は「アミラーゼ」の属性、「アミラーゼ」の説明といえます。前半部分の中核となる構造は、「アミラーゼはデンプンを分解する」ということです。ここまでは誤読が少ないでしょう。

 

2 「アミラーゼ問題」文の改定

「同じグルコースからできていても、形が違うセルロースは分解できない」という文後半をどう解釈するかがポイントです。前半がわかるなら、「分解できない」のは「アミラーゼ」だと分かるはずですが、「セルロースは」となっているために問題が生じます。

「セルロースを分解できない」が本来の形ですが、「セルロース」に「は」をつけて強調しています。主役となる「アミラーゼ」が省略されていることとあいまって、文構造を見誤る人が出てきます。「セルロース」⇔「分解できない」の関係と誤解するのです。

後半部の主役が「アミラーゼ」であり「セルロース」を「分解できない」だとわかれば、この部分は理解できます。全文の中核となる構造は「アミラーゼはデンプンを分解するが、(アミラーゼは)セルロースを分解できない」となる「AしかしB」の形です。

「アミラーゼ問題」は適切な言い方でありながら、文の構造を把握する訓練が足らない人が誤読する文を素材にしています。読解能力を確認するのに、とてもよい問題です。アミラーゼ問題の文と、それを書き変えた文を比べてみれば、わかるでしょう。

[1] アミラーゼという酵素はグルコースがつながってできたデンプンを分解するが、同じグルコースからできていても、形が違うセルロースは分解できない。

[2] 酵素アミラーゼはグルコースからできたデンプンを分解するが、同じグルコースからできていても形が違うセルロースを分解できない。

 

3 入り組んだ文章を正確に読む訓練が必要

「アミラーゼ問題」をはじめとした読解の問題を考えるとき、2つの点が課題になります。一つは、読解力をどう訓練すべきかということ、もう一つは、誤解されない文をどう書くかということです。このうち、読解の訓練の方が重要なのは言うまでもありません。

しかし両者は表裏一体です。両者の対策はともに、日本語の文章ルールを知っているかどうか、それを身につけているかどうかということにつきます。日本語のルールを知ることによって、日本語の読み書き能力が向上するように訓練していくことが必要です。

読解力をつけるために、どうすればいいのでしょうか。通訳・会話と翻訳の違いを考えてみると、参考になるかもしれません。辻谷真一郎は『翻訳ほど残酷な仕事はない 地の利』で、通訳の場合、[直感以外のものを持ち込んではならない]と書いています。

会話でよくわからない場合、[こういうことにちがいない]と考えて[どんどん言葉に出していく]ことが必要なのは確かです。ところが[翻訳はこれと全く逆で、直感とか感覚などというものに一切依存してはならない]のです。理屈で読む必要があります。

▼今の私は感覚で読んでいる。それはあくまで結果であって、徹底した理詰めで読む訓練をするうちに、感覚で読んでも文の構造を読み違えることはないようになるのである。  p.63

日本語の場合、外国語を読むよりも、数段容易です。文構造がどうか、正確な意味はどうかということを、ルールにそって考える必要があります。簡単に書かれた文章ばかりでなくて、情報量の多い入り組んだ文章を読めるようになる訓練が必要だということです。