■ドナルド・キーン教授の日本文学史

 

1 『日本の文学』と『日本文学を読む』

ドナルド・キーン教授が亡くなったとお聞きしました。2月24日、96歳だったとのことです。ささやかなやり取りをしただけで、面識はありませんが、著者を通じて日本文学の道案内をしていただきました。高校時代に図書館にあった本を読んで以来の読者です。

日本文学に関するたくさんの著作の中でも、『日本の文学』と『日本文学を読む』に惹かれました。前者は1953年、日本に留学する前の30歳で書いた日本文学の一筆書きです。この本は生涯の代表作となるかもしれません。いまも古びていない名著です。

後者は日本近代文学を論評した1977年刊行の本です。明治大正の小説で一番感銘を受けるのは有島武郎『或る女』、近代文学の最大の大家は谷崎潤一郎、川端康成の作品は世界的な文学、戦後の一番の傑作は大岡昇平『野火』…といった明確な評価が魅力でした。

日本文学に関する著作とは別に、ドナルド・キーンは『わたしの好きなレコード』という優れた音楽についての本を書いています。この本については以前に書きました。この人の実力と趣味のよさを感じさせる本です。上記2冊とともに大切にしています。

 

2 キーン『日本文学史』と小西『日本文藝史』

キーンの主著とみなされるのは『日本文学史(日本文学の歴史)』でしょう。いまではその量に圧倒されますが、おそらく全巻、眼だけは通したと思います。飛ばし読みせずに読んだはずです。それほど苦労して読んだ記憶もないほど、読める文章でした。

同じころ、夢中になって読んだのが小西甚一の『日本文藝史』でした。私は小西の本に圧倒されていましたから、小西の本が主で、キーンの本は参考のための本でした。小西の書いていることについて、キーンの本を読むと理解がすすむ気がしたのです。

キーンが日本文学史を書くと宣言し、小西が私も日本人として負けない日本文学史を書くと声をあげた話が知られています。小西には『日本文学史』という小さな名著があって、キーンはこの本を評価していました。二人の交流が2つの大著を生んだことになります。

 

3 キーン氏との問答

国学院大学で、キーン氏が日本文学についての講演をしたことがありました。何年のことだったか正確には覚えていませんが、小西とキーンの二つの日本文学史の大著が完成した後のことです。二つの本をずいぶん時間をかけて読んでいたので期待して出かけました。

講演後に質問の時間があって、私はキーン氏に質問しました。『日本文学の歴史』ではご自身の作品の評価が明確に書かれていない気がします、「問わず語り」を高く評価なさっているのは知っていますが、著書では評価がはっきりしない気がします…と。

小西甚一の『日本文藝史』では明確な評価が示されていて対照的でした、先生の本は自分の好みが明確に示されていて、それが魅力でもありました、別冊で評価する作品中心の好みの強い日本文学の本を書いていただきたいと願っています…といったものでした。

キーン氏の答えは、私は自分の好みを隠したことはない、しかし文学史を書くときに、作品の評価をこうだと断定して、それが変わらないという自信が自分にはない、丁寧に読んで記載していくスタイルが自分に合っている、自分に合ったスタイルで書いた…と。

小西さんの場合、こうだと言ったらもう絶対曲げないという態度で、あれは子どもの態度で…、いつか自分の趣味を前面に出した断固たる本を書くこともあるかもしれない…というものでした。小西の『日本文藝史』に触れたことで、本音が少し出た気もします。

前記『日本文学を読む』には、萩原朔太郎が「新前橋駅」の自註でも[旧前橋駅を懐かしく思い出した等とは言っていない][萩原には郷愁はあまりなかったらしい]といったミスもありますが、キーンの好みと趣味のよさが感じられます。懐かしく読み返しました。

(付記:新大阪駅、新横浜駅と同様、新前橋駅は前橋駅とは別の駅です。)

 

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