■業務マニュアルとしての料理レシピ:村上信夫『ニッポン人の西洋料理』を参考に

 

1 料理レシピは業務マニュアルそのもの

組織にはドラッカーが言うように、<具体的な行動に翻訳できる明確で単純な共通の目標が必要>です。その実例として楽譜があげられました。吉田秀和は<楽譜は音楽的思考の記録として決して完全なものじゃない>と言います。楽譜は指針とすべき存在です。

オーケストラの共通目標となり指針となる楽譜は、業務マニュアルの重要部分を占める内実を持っているというべきでしょう。こうした業務マニュアルの要素を持った存在としてドラッカーは「診断」をあげました。ドクターの治療方針が治療の指針になります。

楽譜や診断以上に、業務マニュアル作成の参考になるのが料理のレシピです。よくできたレシピは、業務マニュアルそのものというべきでしょう。記述の共通ルールはありませんが、レベルの高いレシピなら、具体的な行動につながる記述になっています。

 

2 あるべき姿の提示と達成法

村上信夫『ニッポン人の西洋料理』は優れた料理の本です。この本の形式から逆に、業務マニュアルの記述法を考えることができると思います。まずはじめに、あるべき姿が描かれていることが重要です。村上のこの本には、それが最初に示されています。

コロッケならば、<じゃがいもはほくほくになっていますか? 肉や玉ねぎの味とうまく調和していますか? 揚げるときに割れませんか?>とあります。じゃがいもがホクホクで肉や玉ねぎの味と調和し、割れずにきれいに揚がっているのが、あるべき姿です。

ハンバーグなら<食べると肉汁があふれ出てくるような、厚みのある味わい>のあるものというのがあるべき姿になります。その目標を達成するために、何をしたらよいのでしょうか。材料の選び方と調理の仕方の注意点が、理由付きで示されることになります。

 

3 一通りのことを頭に入れてから実践する

コロッケの材料の条件として、(1)水分の少ないじゃがいも(新じゃがを避ける)、(2)脂肪が15%くらい混じる肉、(3)自然塩(精製塩を避ける)が示されます。玉ねぎは厚さ8ミリのみじん切り。食べたときに溶けてしまわずに、舌にあたるようにする厚さです。

調理がスタートします。コロッケがほっくりいくためにじゃがいもの<ゆで方はとても大切>です。<こつは五つ>あり、4つにそうすべき理由を記しています。ゆであがって、こふきいもにするとき、食感にメリハリをつけるため、すこし粒を残してつぶします。

この調子で、<肉や玉ねぎの味とうまく調和>させる方法が、玉ねぎの炒め方を示す中で説明されていきます。<揚げるときに割れ>ない方法も、事前の準備の仕方と揚げ方の説明を読むことで実行できそうです。あるべき姿に到達する方法が順序よく語られます。

最後に材料と作り方が簡潔に記されます。この本の使い方が何となく見えるようです。料理をする前にこの本を読み、一通りのことを頭に入れてから料理に向かうべきでしょう。心配なら最後の部分を中心にメモしておきます。すばらしい見事な業務マニュアルです。