■ビジネスと日本語:業務に反映される言葉の原理
1 100年かかった日本語作り
明治以降、日本語が大きく変わり続けてきました。安定化してきたのは、おそらく1980年代以降だろうと思います。ワープロの出現により、手書きがキーボード入力に変わり、同時にその頃から、経済に対する自信も生まれ、日本語に対する劣等感が消滅しました。
司馬遼太郎が「日本の文章を作った人々」という講演の中で語っています。<明治十六年(1883)に日本に陸軍大学校が出来ました。二年後に、ドイツ参謀本部の大秀才のメッケル少佐が招聘されます>、そのときメッケルが日本側の人に聞いたそうです。
<軍隊のやり取りの文章は簡潔で的確でなければならない。日本語はそういう文章なのか>と。司馬は言います。<そのメッケルの言葉を受けて、軍隊における日本語がつくられていくのです>。100年ほどかかって、日本語は劣等感なしに戦える言語になりました。
2 業務に反映される言葉の原理
メッケルはドイツ語圏の人です。黒川伊保子は『日本語はなぜ美しいのか』で、<ウィーンなどで、ドイツ語のできる同行者がタクシーの運転手に行き先を告げるのを聞いていると、「命令を下す」のにこんなに似合う言語があるかしら、と感心する>と記します。
<ドイツ語の語感には、毅然と権利を主張して、まったく悪びれない印象がある>とのこと。ドイツ語は、<ビジネスの現場などで使われるにも、たいへんよく似合う言語でもある><工場で使われる用語のバリエーションが、英語に比べて圧倒的に多い>そうです。
ビジネスを考えるとき、使われる言葉がどういう機能をもつのかが、とても重要です。業務を見ていくと、コミュニケーションの仕組みが、業務の仕組みにかなり反映されていることを感じます。業務改革が文書改革にまで及ぶのは、当然のことだといえるでしょう。
3 業務を記述する前提条件
ビジネスの改革をするとき、業務をどう改革して行くのかが問題になります。さらに選抜チームがどう改革するのかのアイデアを具体化しはじめると、次の問題が出てきます。業務をどういう仕組みにするのか、記述が簡単でないのです。かなり苦戦しています。
これは文書を作っていただくと、たちどころにわかります。事例をまとめる場合など、訓練をした人などほとんどいませんから、単なる事例の羅列に終わります。ご本人は事例をご存知かもしれませんが、それを誰にでもわかるように記述することができないのです。
軍隊を近代化するときの前提に、その国の言葉がどうなっているかを聞いたメッケルという人は、飛びぬけた人だろうと思います。文章なんて伝わればいいんだ…という人の文章が伝わることなど、稀なことです。もう一度、文章の理屈から考える必要があります。
ビジネスのスピードが早くなってきたため、業務の構築がますます重視されるようになっています。その前提条件として、文章が軽視できなくなっているのです。業務の変化を見るほどに、日本語の仕組みの解明が大切だと痛感しています。