■試行錯誤の重要性:芳沢光男『数学的思考法』を参考に
1 試行錯誤による修正力
数学者の芳沢光男は、「試行錯誤」や「説明力」の重要性を<余すところなく世に訴える書を出してみたいと願って>『数学的思考法』を書いています。文書からマネジメントを見る者にとっても、まさにその通りと思うところがたくさんある本です。
<現在の日本の学力問題の核心は「論述能力」>であり、その養成のために必要なのが、
<試行錯誤しながら誤りを修正する力>だと芳沢は言います。修正する能力が、<きちんとした説明文を仕上げることが出来るか否かに直結している>ということです。
これは学生を見てきた経験からの発言です。<答案を「見直し」によって正しく直せる者は、条件反射丸暗記的な問題に弱くても試行錯誤して考えることが得意>で、<修正する能力を十分に持っている学生が最後に伸びた例を、嫌というほど見てきた>とのこと。
これなどは、文書作成の能力養成にそのまま当てはまります。自分の書いたものを、もう一度見直すことは、文章訓練の一番の基礎です。このことは、[一番簡単な文章訓練]でも触れています。文章力とは、自分で自分の文章が修正できる能力のことです。
2 定量化と定性化
芳沢はさらに、<定性的なことはおもに暗記によって学ぶものだが、定量的なことはおもに試行錯誤をしながら学ぶべきもの、という面がある>という指摘をしています。そうかもしれません。定量的なことと定性的なことは、ともに業務に必要不可欠なものです。
業務の説明をするとき、私たちは定性的な概念を利用します。しかし定量化のない定性的な記述のみでは、多くの場合、業務の実践が困難です。業務を記述するときの原則は、定量化できるものは定量化することです。定量化するための努力がつねに必要となります。
<試行錯誤をさせずに暗記教育に偏ると、定量的なものを忘れて定性的なものが暴走しやすくなる>と芳沢は言います。「これはこうなり、これをこうする」という定性的な記述だけでは不安定ですから、なぜそうするのかを含めた、適切な教育訓練が不可欠です。
3 目標の目印、否定文の重要性
芳沢は直接の数字がないときに、どうしたらよいかのヒントを示しています。<目標とするものへの直接の道筋は立てられなくても>、<「これさえわかれば目標とするものへ達することができる」という目印>を見つけることなら、可能なことがあると言うのです。
例えば厚生労働省が、日本の犬の総数をドッグフードの消費量をもとに、約1000万匹と推計したとのことです。実務では正確なデータがない場合もありますし、概略がわかれば足りるケースもあります。そのとき目標の目印を見つける発想は役に立つことでしょう。
また「否定文」が説明力のポイントになるとの指摘も重要です。<論理的な文にとって最も重要な「否定文」の用法>、つまり<全否定、部分否定の表現を、論理的な文脈を念頭において>身につけるべしという主張です。
しばしば見られる二重否定の禁止だけでなく、否定文全体の理解を深める必要があります。大切なのは、全否定なのか、部分否定なのかを、わかりやすく記述できる能力を身につけることです。そのために誤解を生む表現がないか、繰り返し見直す必要があります。